「僕は、大好きなものがいっぱいある」


 その言葉でハッと気付いたのと話が続き、かとま君のお母さんが、人とは違う幼少期に沢山沢山悩んだけど、かとまの大好きなものが増える度に私も主人も幸せなの。と、教えてくれた。
 犬のお人形は彼の赤ちゃんの頃からのお友達らしく、赤ちゃん用語で犬の事をワンちゃんだよと教えた所、そのまま名前がワンちゃんになったと言っていた。

「いつも……一緒ですよね」
「流石に学校には持っていかないけど、持っていないと不安みたい。それも、自分が不安になるとかじゃなくて、ワンちゃんが一人で寂しいかもしれないっていう不安の方ね。優しい子なの」

「優しい」
 何だかそんな言葉だけでは足りないくらいの彼の存在。

「この先きっと苦労も沢山あるとは思うけど、どんな事があっても私と主人は、この子の人生が豊かになれるようサポートしていきたいの」
「……」

 何だか羨ましくなる台詞に、思わずココアを飲み干してしまう。
 私のお母さんは?
 私の事なんてこんなこと思ってくれていないよ。
 お父さんだって、お盆とお正月に数日帰って来た所で会話も何もない。
 私も、こんな子供に熱心に支えてくれる家族の元で産まれたかった。

 壁に飾ってあるかとま君の家族の写真は、笑顔で溢れて幸せそうだ。
 私の家族写真は…?写真って最近いつ撮った?全然思い出せない。

 かとま君のお母さんが、飲み干したコップを片付けてくれてる間にボーッと考える。
 家に帰った所で、またお母さんに怒られるのが怖い。私に非があると思われているお母さんに会うのが怖い。
 そう思っていても、此処にずっと居られる程図々しくもなれないし、結局はあの団地に帰らなければいけないんだ。

「ななこちゃん、寒いから車で送っていくわ。良かったらまたかとまの上着着ていって?」
「い、いえ!歩いて帰ります」
「駄目よ!何かあったら私も親御さんも後悔するもの。勿論かとまも悲しむから。ね?送ってくから」

 かとま君のお母さんが、さっき着ていた上着とはまた別の冬物の暖かそうな上着を持ってきてくれて、車のエンジンスターターのボタンを押している。

「あれ!ななこちゃん、帰るの?泊まっていけばいいのに」
「それは出来ないの。ななこちゃんもかとまも、明日は学校でしょ?ま、かとまは気分次第なんだけどね」

……ズキッ
 学校なんて……行ってないです。と、心の中で呟いては胸の痛みを感じる。
 恥ずかしくて、情けなくて、こんなにも不登校になった自分は価値もないような気がして。
 流石にかとま君親子に言える筈もない。そのまま車まで誘導され、帰りたくもない家路の方向を伝えては直ぐに着いた沢山並んである団地の自宅。
 車の中の時計を見たら家を飛び出してから二時間は経過していた。