「ただいま……ってまた漫画とか書いてるの!?もういい加減にしてよ。」

 気付いたら夕方。
 漫画を書いてるのに夢中になっていて、お母さんが帰宅するまで机に座っていた。
 開口一番、朝と同じ苛々した態度で私を責めてくる。正直漫画を書くことに今まで否定をされたことがなかったので、思わずペンを離してお母さんの前で固まってしまう。

「ななこさ、このままずっと学校行かないつもり?お母さん、引きこもりの娘の為に働いてるわけ!?」
「……」
「今日学校の先生から電話があったのよ?学校では特に問題も無いのに、急にどうしたんですかって」
「……」

……お母さん
私虐められてるよ?
嫌なこと沢山言われてるんだよ?
どうして、どうして……。

「お母さんもう疲れちゃった。いいよね、ななこは。学校に行かなくても生活出来るんだもんね」
「お、お母さ……」
「明日も学校行かないなら、もう一人で好きに生きたら?お母さんはもう知らないよ」

 お母さんから突き放された言葉。
 私虐められてるよ。どうして言葉が出てこないんだろ。
 身体も声を出す喉も、お母さんに見放された現実に、震えて何も言えない。
 私が悪いの?虐められている私が悪いの?
 漫画家なんて夢見てる私が悪いの?

 思わず上着を着ないで部屋から外に飛び出す。

「ななこっ!!」

 お母さんが私の名前を呼んだような気がしたが、振り向けない。
 だって、お母さん、私のこと要らないでしょ?出来損ないの娘で恥ずかしいんでしょ?
 学校に行かない理由なんて、無いと思ってるんでしょ?
 可愛くなくて、眼鏡をかけて太っていて、漫画を書いてる私のことなんて──

 お母さんは要らないんでしょ!?

 走るのは遅い。だけど、その足は止まらない。
 ハァハァと吐く息が白くて、そして苦しい。
 このまま消えてしまいたい。誰からも必要とされない自分なんて、消えてしまいたい。


 その時の気分は茶色だった


 かとま君みたいに、空の色は茶色と人と違う感覚を持っていても、堂々と生きる彼のように胸を張って生きてみたかった。
 犬のお人形を友達と紹介出来るくらい、好きなものを好きと言える勇気が欲しかった。

 弱い、私は弱い。

 向かう先はあの公園の広場。日没が早く、暗くなってしまった空の下で彼の幻影を探す。

 白くて美しい彼の姿

 雪を踏むのが大好き
 飛行機が大好き
 茶色が大好き

 彼が堂々と口に出す好きなものを、私もあんな風に伝えてみたかった。

 誰も居ない広場にポツンと一人、寒空を見上げて泣いた。泣く声すら恥ずかしくて出せず、ただただ涙だけがポロポロと頬につたって地面に落ちていく。
 このまま此処で、白い世界の中で死ねたらどんなに楽か。
 誰にも理解されず、誰からも必要とされず、生きる意味さえ見出だせない私が消えても誰も悲しまない。


 また遊ぼうね


 頭によぎるかとま君の言葉。私、その約束果たせないかもしれない。
もう、かとま君と遊べないかもしれない。

 マイナス気温のこの寒空の下、部屋着の私は寒くて寒くて凍え死ぬと思う。
 指先も耳たぶも、感覚はもうとっくに無い。
このまま雪の地面に倒れて目を瞑ったら、来世に飛べますか?
出来るなら、漫画を書きたい願いは消えないままが良い……。
 そしてもっと望んで良いなら、
かとま君ともう一度来世でも会って彼の笑顔を見たい。