十七歳からいままでの七年間は、宝物みたいな時間だったよ。

 それは、恒くん。あなたに出会えたから。

 あなたに出会って、私の世界は変わった。

 暗闇で一人、どこに行けばいいのかもわからなかった私に、光をともしてくれた。

 生きる意味も気力もなくしていた私に、希望をくれた。

 もっと生きていたいって、思わせてくれた。

 もちろん楽しいことばかりじゃなかった。

 苦しくなることもあった。

 でも、弱い私の隣に、あなたはずっといてくれた。

 私はすごく幸せだよ。

 だって死ぬまでにしたいこと、三つとも全部、叶っちゃったんだから。



 一つ目は空を飛ぶこと。

 それは、恒くんが叶えてくれた。
 高校生のとき、天文台で、私たちは星を見た。
 数えきれないくらいの無数の星の中を、背中に翼が生えたみたいに、自由に飛び回った。
 あのときが、初めてだった。
 もっと生きたい。もっとあなたと一緒にいたいって、そう思ったんだよ。


 二つ目は大事な友達に会うこと。

 これも高校生のときに叶った。
 会いに行こうと決めて、勇気を出して会いに行った。
 もう会いたくないと言われてしまったけれど、そのあとまた話すことができた。
 七菜とは高校を卒業してからも、大学に行ってお互い仕事を始めてからも、いちばん大切な友達だった。


 三つ目は、お母さんになること。

 ずっと、誰にも言えなかったけど、それが私のいちばんの夢だった。
 でも、絶対に叶わない夢だとも知っていた。叶わない、叶っちゃいけない夢なんだ。
 だって、私がお母さんにしてもらったことを、私はその子にしてあげることができない。
 抱っこすることも、大好きって伝えることも、成長を見守ることも、きっとできない。

 だから、夢は夢のまま終わるはずだった。
 どんなに願ったって、奇跡なんて起こらない。
 私はあと一年でいなくなるんだって、そう思ってた。

 でも、奇跡は起こった。

 高校を卒業して、大学を卒業して、やりたい仕事をして、たくさんの子供たちに囲まれて。

 そして、私の中に、新しい命がやってきてくれた。

 もしかしたら、その先の未来もあるんじゃないかって。
 この子が大きくなるのを、見ることができるんじゃないかって。
 夢を見てもいいんじゃないかって、思った。

 でも、現実はそんなに甘くなかった。
 私の体は出産に絶えられない。
 はっきり、そう告げられたんだ。

 恒くんが仕事に言ってから、毎晩一人で泣いた。
 そのうちつわりが始まって、気持ち悪くて、動けなくて、何も食べれなくなった。
 毎日ぐるぐる体調が変わって、自分の体じゃないみたいだった。

 でもね、苦しみながら、思ったんだ。
 いま、この子は頑張って大きくなろうとしてる。
 生きてるんだ。
 命が生まれるってこういうことなんだ。

 そのとき、私は誓ったの。

 何がなんでも生き延びてみせる。
 この子を産むまでは絶対に、死んだりしないって。


 ときどきお腹の内側から、君がトントン、とノックをする。
 夜になると空の星が輝くように、ここにいるよって、君は教えてくれた。

 私はお腹に手を当てて語りかけるんだ。

 おはよう。
 こんばんは。
 君には私の心臓の音が聞こえているかな。
 どんな音に聞こえてるのかな。
 私が誰に教わらなくてもお母さんの心臓の音を知っていたみたいに、君が私の心臓の音を覚えていてくれてたらいいな。
 十ヶ月間、私はお母さんだったよ。
 私をお母さんにしてくれて、ありがとう。
 ここにいるって知らせてくれて、ありがとう。
 これからも、ずっとずっと、見守ってるよ。

 拝啓 二十四歳のあなたへ。

 恒くん。
 いままででありがとう。
 ずっと隣にいてくれてありがとう。
 たくさんわがまま聞いてくれてありがとう。
 恒くんは、願うことすら諦めてた願いまで叶えてくれた。
 私にウエディングドレスを着させてくれた。
 真っ白なウエディングドレスは、ずっと昔から変わらない女の子の夢だよ。

 私は二十四年間で、たくさんのプレゼントをもらった。
 これからは恒くんがこの子のそばにいてあげてね。
 私にくれたみたいに、たくさんの愛情で包んであげてね。
 苦しいことも辛いこともたくさんあるけど、それ以上に、きれいなものであふれてるこの世界を、この子にも好きになってもらえるように。

 これが私の、最後のお願いです。
 勝手でごめんね。
 ありがとう。
 大好き。
 さよなら。

 ーーばいばい。