「な、何してるの」
危ないよ。そう言おうとしたとき
「それはこっちのセリフだよ」
高梁さんが不満そうに、ぽつりとつぶやいた。
「死のうとしたのに」
「え……?」
僕は高梁さんをじっと見た。
高梁さんは線路に立っていた。それがどういうことなのか、理解できなかったわけじゃない。
でも……死のうとした?
僕は混乱しながら自分の手を見下ろした。
いま、触れた。
高梁さんの手に触れて、引っ張ったのだ。
高梁さんは、ここにいる。
僕の目の前にいて、触れることもできる。
そんなこと、当たり前なのに。
いま、初めて実感できた気がした。
高梁さんは、幽霊でも、透明人間でもない。
ちゃんと、ここにいる人間だった。
「高梁さんが、本当に、消えちゃうんじゃないかと思って」
ほっとして、つい、そう言ってしまった。
高梁さんは顔をしかめた。
「……それ、どういう意味?」
いや、あの、と僕はしどろもどろに言う。
「驚かずに聞いてほしいんだけど、ていうかいきなりこんなこと言っても信じられないと思うけど」
「なに? 早く言って」
高梁さんが苛々しながら言う。
「透けてるから」
「透けてる?」
「僕には、高梁さんが透けてるように見えるんだ」
「え……?」
高梁さんは目を見開いて僕を見た。
いきなりそんなことを言われて信じる人はいないだろう。
でも、高梁さんはなぜか納得したみたいに、そっか、と言った。
「……やっぱり私、もうすぐ死ぬんだ」
やっぱり?
どういう意味だろう。
自転車に乗った男の人が不思議そうにチラチラと視線をよこしながら通り過ぎていく。
「ああっ!」
突然、高梁さんが叫んで立ち上がった。
「イヤホン!」
「え? イヤホン?」
「片方、たぶんさっき落とした」
あたりを見渡したけれど、それらしきものは見当たらなかった。
高梁さんは遮断機があがった線路にしゃがみ込んで茶色の石の中を探しはじめた。
「危ないよ」
「大事なものなの」
僕はぽかんとして高梁さんを見ていた。
たったいま死のうとしていたのに、必死にイヤホンを探している。
線路に敷き詰められた砂利の中、見つかるかどうかもわからないのに。
「じゃあ、僕も一緒に探すよ」
高梁さんは驚いたように僕を見上げた。
でも何も言わずに、こくりとうなずいた。
僕らは無言でイヤホンを探し続けた。
高梁さんのことは何もわからないけれど、きっと、ものすごく大事なものなのだろう、ということはわかった。
車が来たら避けて、踏切が鳴ったら外に出て、通りすぎていく人に変な目で見られながら、僕らは暗くなるまで、イヤホンの片われを探し続けた。