扉を開けると、真っ先にアルファルドが出迎えた。

 アルファルドというのは、黒い毛並みに黄色の毛並みの猫だ。
 知り合いの家で猫がたくさん産まれたから、そのうちの一匹を譲り受けたのだった。
 名前は暗い星が多いうみへび座の中でひときわ明るい星であるアルファルドからとった。
 艷やかな黒い毛並みと鮮やかな黄色の二つの瞳が夜空に浮かぶ星のようだから。

 アルファルドは一歳になった。よく食べるので少々太り気味だ。
 アルファルドを抱き上げて部屋に入る。

「ただいま」

 と声をかける。

「おかえり。恒くん」

 柚葉がバターをたっぷり塗ったトーストを食べながら言った。

 僕もパンを焼いて、バターを塗り、向かい合ってトーストを食べた。

 少し前まではバターなんて油っこいもの、とても食べられそうになかったのに、いまは見違えるほど食欲旺盛だ。

 テレビでペルセウス座流星群のニュースをやっていた。

「恒くん、今日はお休み?」
 柚葉がテレビの画面から顔を向ける。

「うん」
「やった。じゃあ見れるね、流星群」
「いまのうちにいっぱい寝とかないとな」
「その前に病院ね」
「あ、そうだった」

 柚葉と、猫のアルファルド、そして僕。アパートの小さな部屋で迎える朝。

 いまではすっかり日常になった景色だ。

 だけどいまでもときどき、白昼夢を見ているんじゃないかと思うときがある。

 こんな夢みたいなことが、本当にあるんだろうか。

 そんなとき、目をつむって、もう一度開く。
 目の前の明るい部屋を見渡す。

 アンティークの置き時計。写真立ての写真。貝殻の入った小瓶。目の前でトーストを食べている柚葉。

 さっきと変わらない光景だった。
 当たり前のことが、僕には当たり前じゃなかった。

「どうしたの?」
 柚葉が不思議そうに首を傾げる。
「……いや、なんでもない。支度してくるよ」
 僕は立ち上がって、空になった皿を片付けた。