「父さんは、ずっと後悔してた。六歳の柚葉に現実を伝えるべきじゃなかったって。自分の運命を受け入れるには、柚葉はまだ幼すぎた。でも、俺はやっぱり、必要なことだったと思うよ。人より短い人生なら、その分、考える時間は多いほうがいい」

 考える時間。
 そうか。高梁さんは、十年間自分の運命と向き合ってきたんだ。

 逃げたくなったり、目を逸らしたりしながら、ずっと考え続けてきたんだと思った。

「少し前から、柚葉が君の話をするようになったんだ。友達の話なんて久しぶりに聞いたから驚いたよ。それから柚葉は少しずつ変わり始めた。前は無理に笑ってたのが、最近は自然に笑うことが多くなった」

 そう言って、藤吾さんは、ガバッと頭を机につけた。

「ありがとう。柚葉に、前を向かせてくれて」
「いえ……僕は何も」
「何もしなくていいんだ。ただ、友達として、柚葉のそばにいてほしい。むしろずっと友達のままでいてほしい」
 何かべつの意味も込められているような。

「助けてもらったのは僕のほうです」
 と僕は言った。

 え、と不思議そうに藤吾さんは顔をあげた。

「クラスで一人だった僕に、声をかけてくれたのは高梁さんだけでした。だから僕のほうが、高梁さんに助けてもらってるんです」

 僕が高梁さんの手を引っ張って、高梁さんが僕の手を引っ張って、なんだか、二人で綱引きしてるみたいだ。
 そんな風にして、僕らは変わることができたんだ。
 一人じゃなく、二人だったから。

「そうか……柚葉が自分から、声をかけたのか」
 藤吾さんは嬉しそうに笑った。
 ちょっとシスコン気味だけど、妹思いのお兄さんだと思った。

 僕はアイスコーヒーを、藤吾さんはアイスココアを飲んだ。さらにパンケーキまでつけている。
ものすごく口の中が甘くなりそうな組み合わせだった。

「うまいな。じつは前から気になってたんだ。ここのパンケーキ」
 山のような生クリームが乗ったパンケーキを、藤吾さんは本当においしそうにぺろりと平らげた。

 藤吾さん、と僕は言った。

「僕は、高梁さんのそばにいます。友達として、見守っていきます」

 できればそれ以上に……と思っているけれど、それは口にできなかった。

 関係なんて、なんでもいい。
 ただ、そばにいられれば、それでいいんだ。

「ああ。そうしてくれると嬉しい」

 藤吾さんは安心したように言った。

 そして、僕らは固い握手を交わした。