指定された喫茶店に行くと、すでに来ていた高梁さんのお兄さんが席で手を振った。

 すらりとした長身で、黒縁眼鏡をかけている。
 くっきりとした目元が高梁さんに似ていた。

「こんにちは。突然呼び出して悪かったね」
「いえ……あの、お兄」
「藤吾だ。くれぐれもお兄さんなどと呼ばないように」
 藤吾さんはにっこり笑って言った。
 目が笑っていない。あまり好意は持たれていないようだった。

「じゃあ藤吾さんで……あの、僕の番号はどこで?」
「柚葉が目を離してるときにこっそり見させてもらった」
 さらりと嫉妬深い彼氏みたいなことを言う。

「外暑かっただろう。とりあえず何か頼もうか」
「じゃあ、アイスコーヒーで」
「食べ物はいいかな。ああ、奢りだから気にしないで」
 ついさっき家でかき氷を食べたばかりだったので遠慮した。

 それより、話たいことってなんだろう。

 妹に近づくなとか?
 さっきの感じからしてそれしか思いつかない。

「君を呼んだのはほかでもない」
 藤吾さんは手を組んで言った。
「うちの可愛い妹に手を出すんじゃねえ」
 やっぱりそうだった。

「だ、出してません、出してません」
 僕は慌てて手を振った。
 京都も天文台もその日のうちに帰ってきた。そもそもそんな度胸僕にはない。断言できるのも情けないけれど。

 慌てる僕を見て、藤吾さんはぷっと吹き出した。
「いや、ごめんごめん。いまのはちょっと言ってみたかっただけだ。まあ半分は本気だけど」
 半分は本気なんだ……。
 じゃあ、いったいなんだろう。

「ありがとう、って言いたくてね」
「え……?」
 悪い想像ばかりしていた僕は、ぽかんとした。

「俺は医者を目指しててね。いつか一人前の医者になって、柚葉を救いたい。そのためならなんだってする。柚葉が笑っててくれることが、俺のいちばんの願いなんだ」
 でも、と藤吾さんは苦笑した。
「俺には、できなかった。まだ医者じゃないし、それ以上に、柚葉に前を向かせることができなかった。でもね、最近、柚葉は変わった。少し前とは見違えるくらい明るくなった。恒くん、君のおかげだよ」

「僕ですか……?」

「そうだ」
 と藤吾さんは断言した。