休み時間、僕はいつもみたいに寝たふりをしながら、夏休みまでの日数を数えていた。
 長かった六月も半分終わった。
 あと一ヶ月で夏休みだ。

 次は数学だっけ。
 教科書を出そうと顔をあげたとき、ドキリとした。
 隣に座っている高梁さんと、目があった。

 高梁さんは、透き通った目で僕を見ていた。
 目をそらすことなく、じっと見ていた。
 実際にはほんの数秒だったかもしれない。でも、すごく長い時間に思えた。

 ―ーなに?

 思わず、そう尋ねそうになったとき、高梁さんが、ふっと顔を背けた。
 心臓の音が速くなるのを感じながら、僕も前を向いた。

 いま、久しぶりに、教室で人と目があった。
 
 もし高梁さんがそのまま目をそらさなかったら……
 僕は、話しかけることができただろうか。


 帰り道を歩きながら、夕方でも暑い日差しににうんざりする。
 ニュースで梅雨入りしたと言っていたのに、雨の気配なんてどこにもない。

『晴れの国』と呼ばれる岡山は、雨や曇よりも、晴れの確率が圧倒的に多い。
 なかでも僕の住む美星町は、風も少なく天気が安定していて、星がきれいに見えることで有名だ。

 でも実際は、山と田んぼに囲まれたなんの変哲もない田舎町だ。
 こうも晴ればかりだと、空の青さに感謝することもない。
 たまには雨でも降ってくれれば少しは涼しくなるのに、空は相変わらずすっきりとした青色だった。

 その澄んだ青色を見上げながら、ふと、昼間高梁さんと目が合ったことを思い出した。

 どうして見ていたんだろう。
 僕に何か言いたいことがある、という感じではなかった。
 言いたいことなんて何もなく、ただ見ていただけのような気がした。

 ーーなんで?

 僕が、可哀想だからだろうか。
 それとも、意味なんてなく、ただ見ていただけだろうか。
 もし、高梁さんがあのまま目を逸らさなかったら……

 淡い期待を抱く。
 結果は考えなくてもわかる。

 高梁さんが目をそらさなかったとしても、僕は話しかけることなんてできなかった。
 “きっと”じゃなく、そんなこと、できるはずがないと知っていた。

 
 山の向こう側か金色に染まり始めていた。
 夕焼けの光に包まれるように、女の子が一人、踏切の前で背を向けて立っているのが見えた。
 後ろ姿だけでも、すぐにわかった。


 ーー高梁さんだ。


 半透明の制服。半透明の足。
 肩までの髪が、風でふわりと揺れた。