空が暗くなって、僕らは観測台に上がった。

 今日は晴れの日の中でもとくに風がなく空が安定している、絶好の観測日和だという。

「さあ、準備ができたよ」

 父さんが言った。

 小学生のとき、188センチもある巨大な空色の望遠鏡を見て、圧倒された。
 でも、背が伸びたいまでも充分に大きかった。

 大きなかごのような骨組みだけの鏡筒に踏み台がついていて、僕らはそこから内部に入った。

 望遠鏡を覗き込むと、夜空に浮かぶ無数の星が、目の前に一気に飛び込んできた。


 あのときと同じだった。

 自分が星たちの一部になったような浮遊感。

 どうしても、高梁さんに見せたかったもの。

「すごい……」

 高梁さんが、深く息をするようにつぶやいた。

「飛んでる」

「うん」
 僕は言った。

「いま、私、飛んでるよ……」

 高梁さんの目から涙がこぼれた。
 透明の涙が、白い頬を伝って落ちた。

 ーーえ?

 驚いて、僕は目をこすった。

 見間違いだろうか。
 いや……見間違いなんかじゃない。

「高梁さん……」

 僕は口をパクパク動かして言った。
「透けてない……」
「え?」
「高梁さんが、透けてない。ちゃんと、見えるんだ」


 初めて見たときからずっと、高梁さんは透けていた。
 今日会ったときも。さっきコーヒーを飲んでいたときも。

 でも、いま、高梁さんの姿は、どこも透けていなかった。

 服の色も、顔の色も、透明な涙も、全部、くっきりと見えた。

「ねえ、高梁さん、前、もうすぐ死ぬんだって言ったけど……透明に見えることと病気のことは、関係なかったんじゃないかな」
 

 きっと、そうだ。
 高梁さんが透明なことと、病気のことは、関係なかったんだ。
 だから、透けてるからってもうすぐ死ぬなんてことは、ないんだ。

 だっていま、こんなにもはっきり見えるんだから。

「うん。知ってた」

 高梁さんは言った。

「知ってたっていうか、気づいたの。笹ヶ瀬くんも透けてたから」

「え……?」

 意味がわからなくて、ぽかんとする。


 僕が透けてた?