「いいお父さんだね」
 高梁さんがやはりコーヒーをちびちび飲みながら言った。

「そうかな。家にほとんどいないから、普段あんまり話すこともないんだけど」
「笹ヶ瀬くんに雰囲気が似てる。優しい人だってわかるよ」

 面と向かってそう言われると、照れてしまう。

「この前、友達に会いに行ったの」
 高梁さんがカップを置いて言った。
 無視されていた子だ、とわかった。

「ずっと避けてた。会いに行くのが怖かった。七菜が学校に来なくなっても、何もできなかった。でも、行かなきゃって思って。謝って、もう一度友達に戻れたらって、思ってた。でも、そう思ってたのは私だけだったみたい」

 ずっと暗い顔をしていた理由は、それだったのか。

「……もう会いたくないって、言われちゃった。来ないでって。結局、私、自分の罪悪感を消したかっただけなのかな」

 ズキリと胸が痛んだ。
 その子が「会いたくない」と言った気持ちが、わかったから。

 自分が苦しいとき、学校に行けなくなるほど辛かったとき、誰かに助けてほしいと、思っていたはずだ。

 誰か一人でも話しかけてくれる人がいるんじゃないかって、毎日考えていたはずだ。
 僕もはじめはそうだった。
 でも、そんなこと考えるだけ無駄だと思って、諦めていた。

 その子も一人では戦えなかったんだ。
 一人で何かをしようとするのは、すごく勇気がいることだから。


「……そんなこと、ないと思う」

 高梁さんはそのとき、何もできなかったかもしれないけれど、ずっと考えていた。

 高梁さんの中にずっとその子がいたから、きっと、僕に手を差し伸べてくれたんだ。

「そのとき間に合わなかったとしても、遅すぎることなんて、ないと思う。高梁さんの気持ちは、ちゃんとその子に届いてるんじゃないかな」

 自分のことを考えてくれている人がちゃんといることを、知ってほしかった。

 時間がかかっても、いつか、届くといいと思った。