「はあ……」
僕は卵かけご飯を食べながらため息を吐いた。
いつもなら最高の卵かけご飯だと断言できるはずなのに、全然味がしない。
「どうしたの、悩ましげな顔して」
三角巾を頭に巻いた新田が不思議そうな顔をする。
相変わらずよく似合っている。
「いや、べつに……」
新田はえらい。夏休みも家の手伝いをして、大きな体をきびきびと動かしている。そのまま大将になれそうな貫禄すらある。
それに比べて僕は、京都から帰ってきてからというものずっと家でだらだらと過ごし、ばあちゃんにたまにはどっか行ってこいと家を追い出されたものの行くあてもなく、朝からこんなところでため息を吐いている。
何をしていても頭に浮かんでしまう。
祭りの夜。遠くに聞こえる囃子の音。川の流れ。
隣りにいる、透き通った高梁さん。
『私、もうすぐ死ぬんだ。たぶん、あと一年くらいで』
帰りの新幹線は、ずっと寝たふりをしていた。
どんな顔をすればいいのかまるでわからなかった。
自分のヘタレっぷりを再確認して落ち込む。
「はああああああ……」
地の底を這いずるような声が出た。
「青春ねえ」
どこからかともなくぬっと新田のお母さんがあらわれて、茶碗を落としそうになった。
「私もそんな風に悩んだ頃があったわあ。ね、この前の可愛らしい女の子でしょ。そうでしょ」
新田母が楽しそうに言う。
「いえ……いや、あの、まあ、そうなんですけど……」
「やっぱりねえー。初々しい感じしたもんねえ」
何やら納得したようにうんうんとうなずく新田母。よくわかっていない様子の新田。
二人並ぶと生き写しのようにそっくりな親子だ。
「えっ、もしかして高梁さんと何かあったの?」
「いや、なかったというか……あったというか……」
実際にはありすぎるくらい衝撃的なことがあったんだけど、さすがに病気のことを軽々しく話すわけにもいかないし。
「もう、告白しちゃいなさいよ」
新田母にばしんと背中を叩かれた。
「えっ、いや、それは……」
それどころじゃないんです。
「悩んでる時間がもったいないわよ。高校生なんてあっという間なんだから。ま、この子はどう見ても何もないってわかるけど」
「母さん……」
新田がちょっと切なそうな顔をした。
高梁さんは、僕にとって特別な人だった。
ただのクラスメイトでも、ただの友達でもない。
ただの友達と手を繋いだりはしない。
……でも、何も考えられないのだ。
病気の話のあとで、自分の気持ちなんて、考える余裕はどこにもなかった。