七菜のお母さんが持ってきてくれたお菓子を食べながら、中学のときの思い出話をして笑った。

「柚葉の不器用さにはほんとてこずったよ。一から教えても全然違う縫い方しちゃうんだもん」
「裁縫は向いてなかったね。もう諦めました」
「あの子どうしてるかなあ。ほら、いつも奇抜な人形作ってた子」
「すごいセンスだったよね。あの子はべつの意味で才能あるよ」

 思い出話は尽きなかった。
 高校に入ってからのことは、一言も話さなかった。楽しいことだけ話して笑っていたかった。

 それで、気づいた。
 私、けっこう楽しい学校生活送ってたんだ。

 七菜がいたから。人見知りの私にとって、七菜はいちばん、心を開ける友達だった。

 七菜がいなくなって、今度こそ、一人ぼっちになったような気がしてた。
 私は大切な友達を助けられなかった。
 必死で助けを求めていたはずなのに、無視してしまった。

 人の声も音も何も聞きたくなくて、音楽で耳を塞いで、一人で閉じこもっていた。
 その間にも、七菜は前を向いて頑張ってた。

 だから、私も、前を向こう。
 あとどれだけ残っているかわからない時間を、できるかぎり生きてみよう。

 いまなら、そう思えるよ。


「ねえ、七菜」

 たくさん笑ったあと、私は言った。

「また、来てもいいかな。話したいこと、まだたくさんあるんだ」

 ふいに、七菜の顔から笑顔が消えた。
 そして、首を振った。

「もう来ないで」

 と、七菜は言った。

「え……」

「柚葉が言いたかったことは、もう聞いたから。これ以上話すことはないよ」

 はっきり、そう言った。

 私は、馬鹿だ。

 “また話そう”

 そう言ってもらえると、勝手に思っていた。
 そう思いたかったんだ。

「ねえ柚葉。私のこと、可哀想な子って思ってるでしょ。私、可哀想じゃないよ。ちゃんと自分で、踏み出そうって思えたから。だからもう、気にしないで。可哀想な子扱いしないで」

 可哀想な子……私は、七菜のことをそう思っていたんだろうか。
 そうかもしれない。助けられなかった、いまでも泣いているかもしれない。そう思いながら、ここに来たのだった。

 でも、結局、私の自己満足にすぎなかったのかな。
 七菜はそんなこと、望んでなかったのかな。

「私はこれから新しい場所で頑張ってくつもりだよ。だから、辛いことは思い出したくないの」

 七菜はそう言った。それから、わざわざ来てくれてありがとね、と付け足すように言った。

 辛いことがあっても、思い出は、いまでもきれいなままだった。
 口にして笑えば、いくらでもきれいにできた。

 私がそうしたかったから。
 アルバムに入れた写真みたいに楽しいことだけを、きれいなまま残しておきたかったから。

 でも、七菜にとっては、そうじゃなかった。
 一緒に過ごした時間も全部、思い出したくないことになってしまったんだ。

 私は今日ここに来て、七菜にとって思い出したくもないことを、ずっと喋り続けていたんだ。

 私は一度大切な友達を見捨てた。
 きれいごとで流せるはずなんてなかった。
 あったことをなかったことには、どうしたってできない。

『これ以上話すことはないよ』

 そう言われて、初めて思い知った。

 私だけが話したいと思っていても、だめなんだって。

 前みたいに心から笑いあえた友達には、もう戻れないんだ。