「久しぶりだね。うちに来るの」
どうぞ、と七菜は部屋に案内して言った。
「うん、中学のとき以来だね」
七菜の部屋は、ぬいぐるみでいっぱいだった。
机もベッドも壁際の棚も、目に入るところ全部に、ずらりとぬいぐるみが並んでいた。
ぬいぐるみだけじゃない。クッションも枕カバーも、布という布が全部手作りだ。
「すごい……増えたねえ」
私は座って、ぐるりと部屋を見渡した。
「裁縫はずっと続けてるの。好きだから」
七菜は照れ臭そうに言う。
「縫ってるときはね、嫌なことも全部忘れられるの。それを完成させることだけ考えて、できたら次は何作ろうって考えて。そしたらいつの間にかこんなに増えちゃった」
縫ってるときは、という言葉にズキリと胸が痛む。
言わなきゃいけない。
言いづらくても、言わなきゃ。
そのために来たんだから。
「ずっと、七菜に会いたかった。でも、私が会いに来る資格なんてないって思った。私、何もできなかったから……」
七菜が辛い思いをしているとき、私は、何もできなかった。
ーー違う。しなかったんだ。
あんなクズ教師にどう思われようと、クラス中から無視されようと、そんなの、どうだってよかった。
いままでと大して変わらない。
でも、誰かのために動こうとする気力が、私にはなかった。
それどころか、自分以外の全員を妬んでいた。
私には未来がないのに、普通に生きられる未来があるくせに、なんでそんな辛そうな顔してるんだって、思ってた。
本当に、最低だ。
友達が助けを求めていたとき、私は無視した。
あの教師と何も変わらなかった。何もしないことは暴力と一緒だって、どうして気づかなかったんだろう。
私は笹ヶ瀬くんの話をした。
大島から無視されていた男の子。そしてクラス全員が無視するようになったこと。
七菜のときと同じだった。
でも、このままじゃいけないと思っていた人が、ほかにもいた。
終業式の日、大島の発言を放送室で流したこと。
あのあと、大島と校長先生が、血相変えてうちに来た。
申し訳ない、このことはどうか内密にしてほしい、とかなんとか必死に言ってたから、謝るなら笹ヶ瀬くんに言ってと言って追い返した。
くだらないと思った。
こんなに、くだらないことだったんだ。
自分たちを守ることばかり考えている大人たちも、その大人たちに振り回されて大事なものが見えなくなっていた私も、みんなくだらない。
大島は夏休み明けから担任を外れることになったらしい。
それでひとまず一件落着、ということになったらしい。
だけど、やったことは消えない。
笹ヶ瀬くんを、七菜を傷つけたことは、決してなくならない。