「おいしかったね」
「うん。ここはまた来たいな」
 笹ヶ瀬くんはまだ夢心地な様子で言った。

「また来ようよ」
 また来たい。本当にそう思えるお店だった。

「そういえば、高梁さんが言ってた琥珀糖って、この辺の店じゃあまり見かけないよね」
「調べてくれたんだ」

 初めて琥珀糖を食べたのは、小学校の修学旅行のときだった。
 五月なのにすごく暑くて、みんなと一緒に歩いているだけで倒れそうだった。
 あのとき、お父さんとお母さんがいつも以上に心配してたけど、絶対行くって言い張ったんだっけ。

 自由行動のとき、たまたま入った和菓子屋で売っていた四角いお菓子に、私はぽうっと見惚れてしまった。

 こんなにきれいなお菓子があるんだ。

 お土産代の中から、一袋買って食べてみると、シュワシュワした甘さが口の中に広がった。
 それ以来すっかり私は琥珀糖のとりこになってしまった。

 それから、何度か家族で旅行に行ったときに買うことができたけれど、最近は遠出も危ないからと禁止されていた。
 お母さんがネットの通販で買ってくれるけれど、本当は直接お店に行って食べたかった。

「私が好きな琥珀糖が売ってるお店はね、京都にあるんだ」

 家に届いた琥珀糖も、お店で買った琥珀糖も、味は同じはずだ。
 それなのに、食べたときの感動が全然違うのはどうしてだろう。

「京都か。じゃあなかなか行けな……」
「そうだ。京都行こう」
「えっ?」
「ねっ、京都行こうよ。琥珀糖食べに」
「いや、そんなポスターのキャッチコピーみたいに……」
「いいじゃん。明日から夏休みなんだしさ」
「いやいや、いいじゃんって……」
「『クズ教師を地獄に落とそう作戦』成功祝いってことで」
「それ絶対いま考えたよね」
「ほかになんか理由いる?」
「……いらないです」
「じゃ、決定ー」
 なんか前にも同じことを言ったような気がするなと思いながら、私は笑った。

 それにしても、驚きだった。
 校内放送で教師の愚行を暴露したり、思いつきで京都に行こうと行ったり。
 いままでの私からは考えられない行動力に、誰よりも私がいちばんびっくりしてる。

 一人じゃできなかった。
 立ち上がる気力すら湧かなかった。
 いつやって来るかもわからない死に毎日怯えながら暮らすくらいならいっそここで終わらせてしまおう。そう思っていたのに。

 でも、何かは変わった。
 どう変わるのかはわからないけれど、笹ヶ瀬くんが変わってくれたから。それだけで充分だった。

 私もあと少しだけ頑張ってみよう。
 そんな風に、思えたんだ。