お店は新田くんの家の一階だった。横開きの扉に紺色ののれんがかかっている。

 冷房の効いた店内に三組お客さんがいた。
「いらっしゃーい。あら、亮馬。お友達?」
「うん。同じクラスなんだ」

“友達”という響きに、なんだかくすぐったい気分になった。

 壁際の席に笹ヶ瀬くんと向かい合って座る。
メニューは1つしかないらしく、席のメニューには飲み物だけが載っていた。

「専門店ってなんかいいね。大人になった気分」
「う、うん、そうだね」
 緊張でかちこちに固まっている笹ヶ瀬くんを見て、私は思わず笑った。

 新田くんが料理を運んできた。白い三角巾がよく似合っていた。

「わ、おいしそう」
 二人で声をあわせて言った。

 小鉢に漬物と魚のに煮付けの小鉢。味噌汁と、お茶碗に盛られたつやつやとした白ご飯。器に卵がころりと入っている。

 さすが専門店なだけあって醤油にもこだわっているらしく、テーブルに三種類の醤油が置かれていた。
 笹ヶ瀬くんは迷わず「薄口」と書かれた容器を手にとった。

 ご飯の上からそのまま卵を割ろうとすると
「ちょっと待って」
 と笹ヶ瀬くんに止められた。
「え、だめ?」
「だめではないけど、そのやり方だと醤油の味が勝っちゃって、卵のうま味があんまり感じられないんだ。先に好きな味の濃さの醤油ご飯を作っておいて、その上に溶いた卵でコーティングすることで、まず卵のうま味と甘みが全面的に感じられて、後から醤油の風味が追いかけてくるっていう味のグラデーションができるんだ。基本の分量は茶碗一杯のご飯に対して醤油7グラムほどで」
「笹ヶ瀬くんのこだわりはよくわかった。とりあえず食べよう」

 長くなりそうな説明を中断して、私は言われた通り先にご飯に醤油をかけ、卵が入っていた容器で卵を溶いて、ゆっくりとご飯にかけた。
 かき氷のシロップみたいに、鮮やかな卵の黄色が白いご飯にしみ込んでいく。

 一口食べて、衝撃が走った。
「おいしい。なにこれ。いままで食べた卵かけご飯と全然違う」
「うん。ご飯の熱さも少し固めの炊き加減も完璧だ」
 思ってた以上に卵かけご飯通だった笹ヶ瀬くんも感動して言う。

「ふふ。おいしいのはね、愛情がこもってるからよ」
 いきなりぬっと現れた新田くんのお母さんが言った。
 新田くんにそっくりのふくふくした顔の優しそうなお母さんだ。

 そして漬物とお茶を追加してくれる。
 さらにおかわりのサービスまでついて、お店を出る頃にはお腹がはち切れそうだった。