やってしまった。
あれほどうるさく激しい運動をしてはダメと言われていたのに、一日に二回も全力疾走してしまった。
校門まではなんとか走りきったけれど、学校から一歩外に出たとたん体中から力が抜けて、私は地面に座り込んだ。
「高梁さん、大丈夫……?」
笹ヶ瀬くんも息を切らしながら、言った。
声は出なかった。うん、となんとかうなずくことができたくらい。
全然大丈夫じゃなかった。
このまま死んでしまうのかもしれないと思うくらい苦しい。
……弱ってるところなんて、見られなくなかったな。
改めて、私は普通の十七歳とは違うのだと思い知らされる。
普通なら100メートル走を走ったくらいの感覚かもしれないけれど、私の場合、海を全力で泳ぐくらい、全身の体力を削られる。
足も手もまだ丈夫なのに、心臓だけが時計が針をすすめるみたいに刻々と弱っていくのがわかる。
でも、すごく苦しいけど、同じくらい気持ちよかったんだ。
笹ヶ瀬くんを見上げて、はっとした。
そこにいたのは、昨日までの笹ヶ瀬くんじゃなかった。
ーーああ、変わったんだ。
よかった。本当に、よかった。
私がしたことに意味はあったんだ。
初めて、そう思えた。
眩しい太陽の下で、笹ヶ瀬くんが心配そうに私を見ている。
「……少し休めば、大丈夫だから」
私はもう一度、言った。
大丈夫だと、自分にいい気かせた。
こんなことは、いままでにもあった。
でも、時間が経てば落ち着いたから。
「ほんとに大丈夫? きゅ、救急車とか……」
「大げさだなあ。大丈夫だって。よいしょっと」
立ち上がるとき、ついそう言ってしまった。最近言動まで年寄りっぽくなっている気がする。
いや、これはお父さんの口癖が移っただけかもしれないけど。
体力がなくなってくるとわかる。自分にかけ声でもかけないと、ふんばれないのだ。
「俺、家の手伝いがあるからそろそろ帰るよ」
新田くんが言った。
「手伝いって?」
「うち、卵かけご飯専門店やってるんだ」
「卵かけご飯専門店?」
「そんな店があるのか……」
隣を歩く笹ヶ瀬くんが、ゴクリと息をのむのがわかった。
そういえば笹ヶ瀬くんは、人生最後に食べたいものに卵かけご飯をあげるほどの卵かけご飯好きだった。
新田くんが照れ臭そうに頭をかきながら言う。
「うん。前は親子丼の店だったんだけどね。サイドメニューで出してた卵かけご飯のほうが人気が出て、いっそそっちでいこうってなって両親二人でやってるんだ」
笹ヶ瀬くんがいつになく真剣に聞いていた。ゴロゴロと喉を鳴らす猫みたいだ。
よし、と私は決めた。
「これはもう行くしかないね」
「え、いや、大丈夫なの高梁さん。帰って休んだほうがいいんじゃ」
笹ヶ瀬くんはまだ心配そうに言う。
「大丈夫。卵かけご飯食べたら回復する」
「ほんとに……?」
「来てくれたら一杯おかわりサービスするよ」
と、クラスメイトにしっかり営業する新田くん。
笹ヶ瀬くんはまだ心配そうだったけど、卵かけご飯の誘惑に負けたらしく、わかったよ、と言った。