「……僕は、あなたの生徒なんですか」

 教室にいても、名前を呼ばれることはない。
 誰にも声をかけられない。
 目も合わせられない。
 透明人間みたいに、そこにいるのにいないもののように扱われる。

 いつしかそれが普通になった。
 本当に自分がそこにいるのか、わからなくなった。

 高梁さんがいなかったら、僕はいまごろ、完全に透明人間になっていた。

 こんな風に、腹を立てることすら、忘れていた。
 透明人間じゃない、怒っていいんだって。
 当たり前のことを思い出せたんだ。

「どうして僕を無視するんですか」
「お前が嫌いだからだよ。昔を思い出すからな」
 大島は口元を歪ませて言った。
 そして昔の話をした。
 クラス全員に無視されたこと。声をあげることもできず、一人で耐えていたこと。そして、学校に行けなくなったこと。
「俺だけが辛い思いをしなきゃならないなんて理不尽だろう。だから教えてやってるんだ。俺に従わないとどうなるかをな。お前みたいな自己顕示欲の強い奴は、俺のクラスには要らないんだよ」

 愕然とした。

 自己顕示欲?

 僕はただ、間違いを指摘しただけだ。
 何も意見を言ったりしてない。
 でも、あのことが、大島の中では違う意味に変換されていたのだろう。
 笑われたから。
 だから僕を、悪者に仕立てあげて排除したんだ。

 過去に意地悪をされて味わった心の痛みをわかってほしくて、ほかの人にも同じような意地悪をしてしまう人がいるという。
 だからって、少しも同情したりはしない。
 そんなのただの逆恨みじゃないか。
 ただ、昔の恨みを晴らすための道具に過ぎなかった。
 僕が辛い思いをしなきゃいけない理由なんて、どこにもなかったんだ。

 大島が、僕を見下ろして笑った。
 気持ちよさそうに、優越感に浸りながら、顔を醜く歪ませて。

 目の前の教師が、本物の化物みたいに見えた。