8時28分。机の下でスマホを操作して録音を開始する。
8時30分。チャイムが鳴るのと同時に大島が教室に入ってくる。
「おはよう。全員席についてるな」
わざとらしく明るい声でそう言って、生徒の顔をぐるりと見回してから、名簿を開く。
生徒の名前を一人ずつ呼んでいく。
『クズ教師を地獄に落とそう作戦』開始初日から、僕は風邪をひいて学校を休んでしまった。
緊張で体調を崩してしまうのは昔からだ。
風邪薬を飲んで一日寝ていたら、朝にはすっかり治っていた。
改めて、今日から作戦開始だ。
「幸田ー」
「はい」
「里見ー」
「はい」
「下村ー」
「はい」
当たり前のように僕の名前は呼ばれない。
だけどいま、僕が机の下で自分の声を録音しているなんて、読み上げている本人は思ってもいないだろう。
高梁さんが、これは笹ヶ瀬くんがやらなきゃ意味がないって言った意味がわかった。
僕が僕の携帯でこの瞬間を録音していることが、この教室にいることの証になるから。
高梁さんは今日も相変わらず半分透明だった。
肩までの髪も制服もイヤホンも全部、透けている。
でも、透けていようがなんだろうが、高梁さんは隣にいる。
名前だって呼ばれる。
一人じゃない。
ただそのことだけが、うつむきそうになる僕に、前を向かせてくれていた。
大島が全員の名前を呼び終わった。
僕を除いて全員分。
高梁さんが前を向いたまま親指を立てていた。
それを見て僕も、小さく親指を立てた。
とりあえず一日目、作戦成功だ。