病院の前にある喫茶店は、パスタやオムライス、サンドイッチなどの軽食もあるけれど、有名なのは甘党もうならせる巨大パフェだった。

 三十分を少し過ぎてからお兄ちゃんが入ってきた。
 きっと大急ぎでやることを終わらせてきたんだろう。

「お待たせ」
 と言って向かいに座ったお兄ちゃんは、さっきよりもさらに疲れ具合が増しているようだった。

「お待たせしました。白桃パフェおふたつ」
店員がやってきて、テーブルに大きなパフェを置いた。

 おお、とお兄ちゃんがため息を洩らす。
 顔色がぱっとよくなったのを見て、私は笑った。
 甘いものは正義だ。

 ごろごろとした白桃が盛りつれられていて、その上にさくらんぼとみかんとマスカット、てっぺんではクリームが渦を巻いている。
 グラスの下部分にはプリンが入っている。ザ・パフェという感じ。
 これぞいま私が求めていたもの。

 白桃はとろりと柔らかくて、一口食べるとみずみずしい味が口いっぱいに広がった。
 甘酸っぱいフルーツと、思いっきり甘いクリームとプリンが絶妙なバランスだった。スプーンを動かす手が止まらない。

 辛いものや刺激物、数えきれないほどある食事制限の中、唯一自由が許されているのが甘いものだった。
 うちの家族が超がつく甘党だからだ。
 そんな理由、と思うけど、何か一つでも逃げ道がないと息が詰まってしまう。
 嫌なことがあったとき、甘いものを思いっきり食べるのが私のストレス解消法だった。

「学校はどうだ?」
お兄ちゃんがパフェを食べながら尋ねた。
「まあまあ」
「友達はできたか?」
始まった。お兄ちゃんの質問攻撃。
心配性でもとから過保護気味なところはあったけど、大学生になって研修が始まってから、さらにおじさんくさくなった気がする。

「できたよ」
スプーンでプリンを小さくすくって口に入れる。甘い。
「お、どんな子だ」
「男の子だよ」
「男だと……?」
 お兄ちゃんの目の色が変わった。
 医者を目指して勉強ばかりしていたお兄ちゃんは、見るからに恋愛には縁がなさそうだった。

「そういうのじゃないから。ただのクラスメイトだし」
「そうか……ほんとに友達なんだよな?」
「だからそうだってば」
 明らかにホッとしているお兄ちゃん。
 心配性というか、妹の私から見てもかなり、シスコン気味だと思う。

「俺はまた戻らないとだけど、一人で帰れるか?」
 店を出てバス停まで見送ってから、お兄ちゃんが心配そうに言った。
「大丈夫だよ。何年この病院通ってると思ってんの」
「そうだな。じゃ、気をつけて」
 忙しそうに言って横断歩道を渡る背中に、私は手を振ってバスに乗り込んだ。