放課後、バスに乗って病院に向った。
市内でいちばん大きな総合病院に、私は月に一度、定期検診に通っている。
大学生のお兄ちゃんが研修で来ているはずだった。
忙しそうだし、広いからきっと顔を合わせることはないだろうけど。
待合席のモニターに受付番号が表示されて、診察室に入った。
「おお、柚葉ちゃん。こんにちは」
砂川先生が顔をあげて言う。
砂川先生は、私が小学校に入る前からずっと担当してくれているおじいさん先生だ。しわだらけの顔に分厚い老眼鏡をかけている。
「学校はどうだい。もう柚葉ちゃんも高校二年生か。いやあ、大きくなったなあ」
先月も来たのに、砂川先生はしみじみと言う。
「学校は、まあ、普通です」
むかつく教師が一人いる以外は、と心の中で付け足した。
「そうかそうか。普通がいちばん」
砂川先生は笑いながら診察を始めた。
「うん、安定してるな」
砂川先生は言った。
安定してる。
それは私の場合、安心していいということには全然ならない。
私の心臓は、つねに異常だから。
これ以上早くなることも遅くなることもない。
異常が起こっているのに、生まれたときからずっとそうだったから普通になってしまっている。
たまに、異常だってことすら忘れかけてしまう。
普通じゃないってことを思い出すために、毎月ここに来ているようなものだ。
「いつも言ってるけど、激しい運動はくれぐれも控えるように」
「はいはい、わかってます」
「それと塩分の取り過ぎにも気をつけるように」
「はいはい、わかってます」
まるで年寄りの診察みたいだ。
適当に返事をしていたら、砂川先生に呆れられた。
「……まったく。本当にわかってるんだか」
わかってるよ。心の中で答える。わかりすぎるくらい、わかってる。
体力が少しずつ削られるようになくなっていくのを、私がいちばん知っている。
だから、思うんだ。
どうせあと一年で終わる命なら、全力で走ったって思いっきり塩辛いもの食べたっていいんじゃないのって。
そんなの食べたこともないから、おいしいのかどうかすら知らないけど。
診察室を出て通路を歩いていると、見覚えのある背中を見つけた。
後ろからそろそろと近づいていって
「お兄ちゃん」
と声をかけた。
「わっ……ああ、柚葉か。今日は検診だったか」
目の下にクマが浮いている。
毎日の研修で疲れているんだろう。大学生も大変だ。
「ね、いま暇?」
「暇なわけないだろ」
「だよねー。じゃあ一人で行こうかな。そこのカフェの期間限定白桃パフェ」
「三十分後に休憩入ったらすぐ行く」
予想通りの返事に、私はにんまりと笑ってうなずいた。
持つべきものは大学生の兄だ。