観光客を乗せた舟が川をゆっくりと流れていくのを眺めながら、作戦会議をした。
「とりあえず、あいつ地獄に落としてやりたいよね」
高梁さんが怖いことを言う。
「どうやって?」
尋ねると、高梁さんはうーんとうなった。
「直接何かしてるわけじゃないから証拠がないんだよね。背中に『陰険教師』って書いた紙貼りつけて笑うとか?」
「それじゃ逆にいじめだよ」
「それくらいしてもいいと思うけどなあ」
高梁さんは不満そうに言う。
色々話し合った結果、朝の出欠確認を夏休みまで毎日スマホで録音しようということになった。
そんなことをして意味があるのかどうかはわからないけれど、たとえ小さなことでも、証拠の一つくらいにはなるかもしれない。
「明日から決行ね。名づけて『クズ教師を地獄に落とそう作戦』」
高梁さんが人差し指をたてて言った。そのままだった。
なんだか楽しそうだ。
これまで、自分のおかれた状況を変えようなんて思ったこともなかった。
教室はただの景色で、僕は透明人間で、それでいいと、はじめから諦めていた。
一人だったから。
集団の中でたった一人孤立するのは、まわりが思うよりずっと孤独なんだ。
自分から何かしようという気持ちを根こそぎ奪っていく。
声をあげる勇気なんて一ミリも持てない。
そしてそのうち、考えることすらしなくなる。
でも、いまは一人じゃなかった。
高梁さんの言葉で、何かが変わる気がした。
変わるかもしれない、そう思えた。
本当に何か変わるかどうかなんて、やってみないとわからない。
意味なんてないかもしれない。
でも、一人なら、絶対に考えもしなかった。
オレンジ色の空があたりを淡く包んでいた。
あのときと同じだった。
高梁さんが踏み込もうとした夕暮れの線路。
半透明の高梁さんの横顔からは、あのときの思い詰めたような気配は感じなかった。
それとも、強すぎるほどの夕焼けのせいで見えにくくなっているだけだろうか。
高梁さんは、どんな人なんだろう。
いつもやる気がなさそうだと思っていたら、笑ったり、怒ったり、戦おうと言ったり……
知らなかった、意外な一面を、たくさん知ったような気がしていた。
でも、知らなかった。
僕はまだ、高梁さんのことを何も知らなかった。