学校の帰り、電車に乗って倉敷市街に出た。

 観光客が集まる美観地区は人で賑わっていた。
 昔ながらの日本家屋と白壁の洋館が並ぶ和洋ミックスな景色。夕方のニュースを知らせる町内放送。柵で囲われた運河沿いに柳が垂れ下がるように立っている。
 そよそよと川から涼しい風が吹いていた。

 学校帰りにこんなところまで足を伸ばしたのは初めてだった。
 隣を歩く高梁さんを横目でチラリと見る。

 これはひょっとして、人生初のデートになるのだろうか。
 いや、デートというのはちょっとおこがましい気がする。じゃあ何て言えばいいんだろう。ランデブー? ランデブーってなんだ?

「あの、高梁さん、行きたいところって?」
 僕は普段の話し声より声を大きくして尋ねた。
 高梁さんはおかしそうにぷっと吹き出す。
「そんなに声大きくしなくても聞こえるって」
「え、でもイヤホン」
「何も聴いてなくてもつけてるの。ないと落ち着かないから」
 ということは、いまは何も聴いてないのか。

「もう来てるよ」
 と高梁さんが言った。
「久しぶりに来たくなったの。きれいだし、歩いてるだけで気持ちいいから」
 高梁さんが両手を広げて息を吸い込む。
 たしかに気持ちよかった。

 風が吹いていて、水路沿いに立つ柳が水面にうつって揺れていた。
 ツアーらしき観光客の集団が物珍しそうに建物を眺めたり、運河の写真を撮ったりしている。
 目の前を川舟が流れていき、かさをかぶった年配の舟頭が乗客に説明する声が聞こえる。
 あちこちの土産物屋で桃太郎グッズを見かけた。桃太郎人形に桃太郎Tシャツに桃太郎ハンカチ、桃太郎印のきびだんご。どこもかしこもこれでもかというほどの桃太郎推しだ。

「ねえ、ソフトクリーム食べようよ」
 露店でソフトクリームを売っているのを見つけて、高梁さんが言った。
 店の横に『ぽん酢ソフト』と書かれた旗が立っていルノを見て釘付けになった。
 気になってつい購入してしまったぽん酢ソフトは、チョコレートよりも薄く、白と茶色のまだら模様の微妙な色合いだった。

「……なにそれ。おいしいの?」
 高梁さんが若干引いているのがわかる。初めて食べるからおいしいのかどうかはわからない。
「笹ヶ瀬くんチャレンジャーだね。ていうか醤油好き?」
「ばあちゃんに育てられたから味覚が渋いんだ」
 高梁さんのはふつうのバニラソフトだった。尖ったクリームの先をペロリとなめる。
「おいしいー」
「ぽん酢味もけっこういけるよ」
「……私は普通のがいいかも」

 川を挟んだ向こうの通りを騒がしいグループが歩いているのを見て、ギクリとした。
 同じクラスの女子たちだった。
 嘘だろ。まさかこんな学校から離れたところで出くわすなんて。

 高梁さんはソフトクリームを持つ手に力を入れて
「行こう」
 と言うと、足を早めて歩き出した。
 向こうは気づいただろうか。
 気づかれてないといいと思った。