毎朝、僕は透明人間だと告げられる。
「みんな、おはよう」
担任教師の大島が教室をぐるりと見渡してさわやかな笑顔で言った。
名簿を開いて出席をとり始める。
僕の名前は笹ヶ瀬恒。
でも、僕の名前が呼ばれることはない。
あるときから呼ばれなくなった。
最初は、あれ? と思った。間違えたのかな、と。
『先生、僕の名前飛ばしてます』
手を挙げてそう言った。
でも、大島は、僕の顔を見もしなかった。
何も聞こえなかったように出席確認を続けた。
それで気づいた。間違えたのではなく、わざと呼ばなかったのだと。
誰も何も言わなかった。何か言っちゃいけない空気だった。
僕の存在は徐々に、教室から消えていった。
誰にも話しかけられなくなった。
誰にも目を合わせられなくなった。
誰にも名前を呼ばれなくなった。
「笹ヶ瀬恒」という生徒はこのクラスにいないことになっていた。
係やグループを決めるときは最後に空いているところに入ることになった。そこでも僕の名前が書かれることはなかった。
どうして僕だけがこんな理不尽な目にあっているのだろう?
そこにいるのに、いないものとして扱われる。
誰にも気にされないというのは、いないのと同じことだった。
だんだん、自分が本当にいるのかいないのかわからなくなった。
僕は本当に透明で、誰にも見えていないんじゃないか。
もしそうなら、この状況だって納得できる。
見えないものに話しかけることはできないのだから。
話しかけられても気づくことはないから。
だから僕は、気にするのをやめることにした。
そのことについて何も考えないし、何も発しない。
透明人間が何か言ったところで意味はないのだ。
それよりも、僕には気になる人がいた。
隣の席の高梁柚葉という女の子だ。
少し大きめの制服から伸びる細い手足。肩のところで切りそろえた髪。くっきりとした目はいつも伏せられて下を向いている。
つねに無気力な感じで、見たところとくに仲のいいクラスメイトはいなさそうだった。
浅く椅子に腰掛け、気だるそうに授業を聞くふりをしながらイヤホンで音楽を聴いている。たぶん音楽だろうと思うのは、たまにちょっとリズムにノッていることがあるからだ。
同じクラスになって二ヶ月間、僕は毎日高梁さんを見ていた。
初めて見たときからずっと気になっていた。
高梁さんは、
ーー透けていた。
髪も制服も手も足も、頭から靴の先まで、全部、透けているのだ。