夕飯は煮物とままかりの酢漬けとニラの入ったすまし汁だった。そして卵かけご飯。
いつものようにテーブルにばあちゃんと向かいあって食べる。
卵かけご飯にはちょっとこだわりがある。
まず、茶碗に盛った約150gのご飯に醤油7gをかける。このとき、先にご飯に醤油をかけて混ぜることでご飯を少し冷ましておくのがポイントだ。熱々のご飯に卵をかけると熱で固まってしまうのだ。次にべつの容器で溶いた卵をゆっくりとご飯にかける。この醤油が染み込んだご飯にとろりとした卵をかける瞬間がまたたまらないのである。そして準備が整ったら、手を合わせて卵を作ってくれた人やその卵を産んでくれた鶏たちに感謝しながら……
「早く食べなさいよ。ご飯冷めちゃうでしょ」
ばあちゃんにツッコまれて、僕はいただきますと言って食べ始めた。
一口食べて、恍惚に浸る。
やっぱり人生の最後に食べたいのは卵かけご飯だな、と確信する。寿司でもステーキでもない。卵かけご飯一択だ。
最後と言わず毎日でも食べたいけど、卵がすぐなくなるからと三日に一度に制限されている。
……高梁さん、笑ってたな。
「恒、何かいいことでもあった?」
ばあちゃんがすまし汁をふうふうさましながら尋ねた。ばあちゃんは猫舌だ。
「え、なんで?」
「なんとなく。でもわかるよ。顔にそう書いてあるからね」
ばあちゃんは顔をくしゃっとさせて笑った。
「うん、あった」
僕は言った。昼間のことを思い出しながら。
「友達ができたんだ」
友達と言っていいのか、わからないけれど。
そう思っているのは僕だけかもしれないけれど。
久しぶりに、学校でクラスメイトと話をしたんだ。
でもーー、
『死のうとしたのに』
高梁さんの声が、耳元でざわざわとさわぐ風のようにいまも残っている。
踏切の警戒音が響く線路に、高梁さんは遮断機を無視して入っていった。
あのまま僕が手を引かなかったら。そう思うと、ぞっとした。