「ただいま」

 そう言って、部屋の扉を開けると、テーブルにはごちそうが並んでいた。
 ハンバーグにパスタ。レーズンの入ったポテトサラダ。そしていちごの乗ったガトーショコラ……。

 全部、私が好きなものだ。

「柚葉っ!」

 お母さんが私の顔を見るなり抱きついてきた。

「どこ行ってたの、もう。連絡もないから心配したじゃない」
 お母さんの肩が震えている。本気で心配していたのがわかる。
「おかえり、柚葉」
 お父さんとお兄ちゃんが笑って言った。

 私は呆然と立ち尽くしていた。

 六月二十一日。
 十七歳の誕生日に、私は私の命を終わらせようとした。

 病気のことを知ってから、毎年誕生日が来るのが嫌だった。
 その日は私にとって、死刑宣告みたいなものだった。
 生まれたことを喜ぶ気になんて少しもなれなかった。

 だから、終わらせようとした。
 怖くて、その日を待つのが苦しくて、怯えるのにも疲れて。
 もういいやって、思った。
 私の帰りを待ってくれている家族のことを、少しも考えていなかった。
 家族の顔を見たら、一気に力が抜けて、私はへなへなと床に座り込んだ。

「柚葉……何かあったの?」

 お母さんが慌てたようにしゃがんで顔を覗き込む。
 私は首を振った。
「……心配かけて、ごめんね」
「いいのよ、ちゃんと帰ってきたんだから」
 お母さんはそう言って、優しく私を抱きしめた。

 あのとき、笹ヶ瀬くんが私の手を引っ張らなかったら、この温もりを、もう二度と感じられなかった。
 お父さんにも、お兄ちゃんにも、会えなかった。
 そんなのわかっていたはずなのに、覚悟したつもりだったのに、本当は、全然覚悟なんてできてなかったんだ。
 じわりと涙が滲んだ。

 やっぱり、めちゃくちゃ怖かったよ……。


「柚葉、そんなに喜ぶなんて、まだまだお子様だなあ」
 お兄ちゃんが茶化して言った。
「……うるさいなあ」
 私はそう言って自分の席に座った。

 十七回目のハッピーバースデー。

 この日終わらせるつもりだった私の命は、笹ヶ瀬くんによって、少しだけ延長された。

 あと何回、私の心臓は動くことができるだろう。
 動きを止めるまでに、何ができるだろう。

『僕には高梁さんが、透けて見えるんだ』

 笹ヶ瀬くんはそう言った。
 その言葉は、私の中にすとんと落ちてきた。

 ねえ、笹ヶ瀬くん。

 いまが半分透明ならーー
 もうすぐ死ぬ人が透けて見えるのたとしたら、その時が来たら、何も見えなくなるのかな。