明るかった空に陰りが落ちていく。東の空が紺色に染まり、西日が金色に染まる頃。

「あった!」

 僕と高梁さんが、同時に叫んだ。
 イヤホンは線路の端に転がっていた。暗がりで、ぽうっとピンク色に光っていた。
 僕は線路の端に手を伸ばして、イヤホンを手に取った。

「蛍光だったの忘れてたよ」

高梁さんが少し恥ずかしそうに笑った。
僕の手の中で、イヤホンが震えていた。

「すごい音量で聴いてるんだね……」
「そう? いつもこの音量で聴いてるから気にならないけど」
 それはいろいろと危ないんじゃないだろうか……と思ったけれど、さっきまさに、高梁さんは危ない橋を渡ろうとしていたのだった。

『やっぱり私、もうすぐ死ぬんだ』

 あれはどういう意味だったんだろう。
 何かの実験だったのだろうか?
 そんな馬鹿な。電車はすぐそこまで来ていたのだ。そんな危険な実験あるか。

「それ、返してくれる?」
 そう言われて、高梁さんのイヤホンを握りしめていたことに気づく。
「ありがとう……よかった」
 高梁さんはほんのりピンク色に光るイヤホンを受け取って、大事そうに両手で包んだ。
 なんだか、自分の命より、その小さなイヤホンのほうが、よっぽど大事にしているみたいだった。
 死んでしまったら、音楽だって聴けなくなるのに。

「じゃあね」

 高梁さんが言った。

「うん。また明日」

 明日も来てほしい、という意味を込めて、僕は言った。
 べつに来なくたっていい。学校なんて、どうだっていいんだ。
 でも、いなくならないでほしい。自分からいなくなろうなんて、思わないでほしい。

 僕は高梁さんのことをほとんど何も知らないし、事情もわからない。
 でも、クラスメイトだから。知らない人じゃないから。そう思うことくらいは、許されるはずだ。
 伝わったかどうかはわからないけれど、高梁さんはうなずいてくれた。

 空の色はゆっくりと変わっていくのに、ふと気づけば真っ暗になっている。
 たまに、どこを歩いているのかわからなくなる。
 それでも帰る方向を間違えないのは、夜になると姿を見せる星のおかげだった。
 暗がりの中で、空の星が方位磁石みたいに、星が帰り道を教えてくれる。

 晴れた日というのは太陽が出ている昼間だけじゃなく、星が見える夜空のことも晴れというのだと、幼い頃に教わった。
 僕の住む町は、とくべつに晴れが多くて、星がきれいに見える場所なんだ。
 だから、日本でいちばん大きな天文台があるんだ。
 そう教えたのは父さんだった。

 その巨大な天文台は、夜空に散らばる無数の星を眺めながら、今日も観測を続けるのだろう。
 そう思いながら、僕は天文台とは反対のほうに向かって歩いた。