その日の夜も私はぬいぐるみを抱きしめながら眠る。寂しくて、眠れない夜。

「寂しい。寂しい」

 と呟きながら、ベッドで一人静かに涙を流すのだ。

 本当に馬鹿みたい。

 眠れぬまま時間が経ち、私は一階にあるお手洗いに向かう。

「奈々花、今日も眠れないの?」

 お手洗いに行く途中に、私の足音で起きた両親が心配そうに顔を出す。

「ううん、ちょっと目が覚めただけ」

 寂しい、縋ってしまいたいという感情を無理やり押さえつけ、私は無理やり笑顔を作った。自分の部屋に戻っても、やはり眠れないままだった。
 ぬいぐるみの数を増やしてみる?それとも、もっと大きなぬいぐるみでも買おうか。ぬいぐるみの大きさで変わらないかな?
 どうにかして耐えないと。これ以上、周りに迷惑などかけられない。それほどまでに「寂しい」とは要らない感情だから。
 その時、携帯がピコンと鳴った。深夜でも通知音をオフに出来ないのもこの病気の症状の一つだ。一瞬の気の紛らわしにしかならない通知音すら、寂しさを埋めてくれる道具の一種なのだ。

「川崎さん、起きてる?」

 メッセージは菅谷くんからだった。今日、空き教室で話した後に連絡先を交換した。
 菅谷くんからのメッセージに私は短く「起きてる」とだけ返す。すぐにメッセージに既読がつく。

「川崎さんも眠れないの?」
「うん」
「どうする?電話でもする?」
「電話は音で家族が起きちゃうのは嫌だから……」
「そっか。じゃあ、しばらくお互い症状が治るまでメッセージで話さない?」
「うん、ありがとう」

 菅谷くんも寂しくて眠れずに起きている……その事実に少しだけ寂しさが和らいだのが分かった。

「川崎さんって、先天性?」
「ううん、後天性。中学二年性の時に発症したの」
「そっか。じゃあ、まだ慣れなくて辛いだろ。俺は先天性。生まれた時から異常に寂しがりだった。だけど、去年さらに症状が悪化し出したんだ」

 先天性……つまり、菅谷くんはずっとこの病気に悩まされているということだ。

「さらに症状が悪化したってどれくらい?」
「前までは兄貴にたまに症状が出た時に電話するくらいで大丈夫だったし、夜も普通に眠れた。でも、去年辺りから兄貴に電話する頻度が異常に増えた。両親は仕事で忙しくて、殆ど休日しか話せないから」
「そっか。それは大変だったね」

 菅谷くんに症状が悪化した去年に何かあったのか気になったが、そんなの触れない方が良いに決まっている。

「川崎さんは?どれくらいの症状?」
「私は発症してからずっとぬいぐるみが手放せないくらい。それに、両親に電話する回数も多い。両親への負担を減らしたいから、菅谷くんの提案に乗ったの」
「なるほど。分かった。お互い家族への負担を減らすことがこの関係の第一目標だな」
「うん。ねぇ、菅谷くん」
「何?」
「私、この病気を治したい。完全には治らなくても絶対に改善はしたいの。周りの人に頼らなくても良いくらい。だから、出来るだけ解決法が共有していくっていうのはどうかな?」
「それは俺も賛成。同じ病気の人と話せるのは初めてだから、すごい助かる」

 その後、私たちはお互いに寂しさを紛らわしている方法を話し合った。

「なるほど。ぬいぐるみと手を繋ぐか。やっぱりいいね、その方法。俺も買おうかな」
「うん、良いと思う。やっぱり手を繋ぐと安心するから」
「それは分かる。でも俺、流石に兄貴に手を繋いでもらうのは恥ずかしいから」
「じゃあ、その時は私と手を繋ごう。良い感じの大きさのぬいぐるみも今度教えるよ」
「ありがとう、川崎さん。あ、俺も一個良い方法あるんだった」
「本当!?」
「飴を舐める」
「飴?」
「そう、気が逸れて結構おすすめ」
「分かった。今度試してみるね」

 そんな話をしている間に、段々と眠気が訪れてくる。

「菅谷くん、私、そろそろ眠れるかも」
「俺も。川崎さんとメッセージで話して、寂しさが紛れたからかも。ありがと」
「私も菅谷くんに感謝してるよ。おやすみ」

 その日、私は久しぶりにぬいぐるみと手を繋がずに眠れた。眠る私の隣には、大きなぬいぐるみと携帯。いつもより近くに置かれたままの携帯が、何故か菅谷くんとまだ繋がっている気がした。