四月。高校に入学して、一週間。

「おはよー!」

 教室に挨拶の声が行き交う朝。私は今日も一人で息を殺している。

「川崎さんもおはよう!」
「お、おはよう」

 私の俯いたままでの小さな声の挨拶に、クラスメイトは「話しかけない方が良かったかな」と少しだけ申し訳なさそうに去っていく。
 その申し訳なさそうなクラスメイトに、私は心の中で謝った。

 折角、声をかけてくれたのにごめんなさい。

 それでも、私は人よりもずっと話しかけてもらえたことが嬉しくて堪らないのだ。だからこそ近づけない。「友達」など作れば、その子に異常に執着してしまう可能性がある。それだけは絶対に避けたかった。
 そして、友達一人作れない私は、さらに寂しさに苛《さいな》まれる。私は、急いでスクールバッグの中に手を突っ込んだ。スクールバックの中には、スクールバッグの三分の一を占めるほどの大きさの可愛らしい女の子のキャラクターのぬいぐるみ。私は急いで、ぬいぐるみと手を繋ぐ。

 大丈夫、寂しくない。寂しくないから。

 そう心の中で言い聞かせて、この感情が少しでも過ぎ去るのを願うのだ。どうして、私はこんな病になってしまったの?
 「寂しさ」など無くても困らない感情のはずだ。何故、寂しいかと問われても答えられない。ただ何処か寂しくて堪らないのだ。 
 その時、教室が急に騒がしくなる。

「あ!菅谷、おはよう!相変わらず来るのおせーよ!」
「悪ぃ。寝坊した!」

 教室に登校した菅谷くんに数人の男子生徒が集まって話しかけに行っている。
 入学して一週間。菅谷くんが人気者であることは、クラスメイトの誰もが分かっていた。

「菅谷、数学の宿題終わってる?」
「あ、やべ。終わってない!誰か見してくれね?お礼にこのお菓子やるから!」
「食べかけじゃねーか!」

 明るくて、ノリが良くて、まさに人気者。彼の周りには、いつも人が絶えない。寂しくても誰とも話せなくて、静かにぬいぐるみと手を繋いでいる私とは大違いだ。