「ありがとう、正美ちゃん。でも、帰ってこないで大丈夫だよ。わたし一人でも」
わたしが言い切るより先に、電話はぷつりと切られた。やっぱり正美ちゃんは頑固だ。わたしはゲージに近寄り、でっちゃんを撫でた。顎下の毛はちくちくとやさしく刺さる。
もし――もし、最初から正直に打ち明けていたら、先輩とわたしはどうなっていただろう。
両手を合わせて「ごめんごめん。すっかり忘れてた!」と屈託なく笑う先輩の顔が浮かび、すぐに消えた。もう終わってしまったことだ。「もし」なんて描き直したってなんの意味もない。虚しいだけだ。
わたしはふたたび寝転がり、幕をおろすように瞼をおろした。そしてこんこんと眠り、夢を見た。
夢のなかのわたしはやっぱり泥のように眠り、玄関のチャイムによって起こされた。
誰だろう。玄関に視線をやると、扉はゆっくりとひらいた。室内に射し込む光がわたしを徐々に照らし、輪郭を縁どっていく。
――先輩?
微かな期待をこめて呼びかけると、先輩の気まずそうな顔が扉からひょっこり覗いた。
――だってほら、ちゃんと噛まないと不正咬合になるんだろ? ……だめ?
わたしのお餅は歓喜に踊り、先輩の歯は無事に不正咬合を回避した。
埋まってしまえばいい。
このまま先輩の歯が、わたしのお餅に埋まってしまえばいい。
皮膚を突き破って、血管をぶったぎって、骨を削って、どこまでも埋まってしまえばいい。
そしたらもう一度、最初から。ほんとうのわたしを話すから――。
わたしが言い切るより先に、電話はぷつりと切られた。やっぱり正美ちゃんは頑固だ。わたしはゲージに近寄り、でっちゃんを撫でた。顎下の毛はちくちくとやさしく刺さる。
もし――もし、最初から正直に打ち明けていたら、先輩とわたしはどうなっていただろう。
両手を合わせて「ごめんごめん。すっかり忘れてた!」と屈託なく笑う先輩の顔が浮かび、すぐに消えた。もう終わってしまったことだ。「もし」なんて描き直したってなんの意味もない。虚しいだけだ。
わたしはふたたび寝転がり、幕をおろすように瞼をおろした。そしてこんこんと眠り、夢を見た。
夢のなかのわたしはやっぱり泥のように眠り、玄関のチャイムによって起こされた。
誰だろう。玄関に視線をやると、扉はゆっくりとひらいた。室内に射し込む光がわたしを徐々に照らし、輪郭を縁どっていく。
――先輩?
微かな期待をこめて呼びかけると、先輩の気まずそうな顔が扉からひょっこり覗いた。
――だってほら、ちゃんと噛まないと不正咬合になるんだろ? ……だめ?
わたしのお餅は歓喜に踊り、先輩の歯は無事に不正咬合を回避した。
埋まってしまえばいい。
このまま先輩の歯が、わたしのお餅に埋まってしまえばいい。
皮膚を突き破って、血管をぶったぎって、骨を削って、どこまでも埋まってしまえばいい。
そしたらもう一度、最初から。ほんとうのわたしを話すから――。