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 初出勤が終わり、先輩が予約してくれたお店につくと、そこに「みんな」はいなかった。安堵と緊張が一気にない交ぜになって、ぐるりと胸で渦巻く。

 わたしに気づいた先輩は片手を上げて「おいでおいで」と手招きした。わたしは世界一しあわせな犬になったような気がして、だらだら込み上げてくる唾液を飲み込んだ。

 尻尾は振り過ぎないように。クゥンクゥンなんて甘ったれた声を出さないように。気を引き締めて足を進める。

「初日、おつかれ。ほんとに今日でよかった? て、ここまで来てもらってから言うのもおかしいけど」

「大丈夫です。お店、予約してくれてありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げると、先輩はメニューを差し出して

「なにかしこまってんの。こないだあんなにしゃべったのに」

 と下げた目尻に親密さをにじませた。

 締めつけられた胸が、甘く苦しい。わたしに大きな耳や尻尾がなくてよかった。あったら、こんなのもう「一生服従します」と言っているのと変わらない。