そこからは無我夢中だった。
 身体のなかに残っている力をありったけ込めて、仕切り板を蹴破った。バリンと大きな音を立て、欠片が飛び散る。足に痺れを感じながら、ベランダの端で呆然としていると隣の子と猫たちを(さら)うように抱きかかえ、火災ベルの点検のときよりもずっと速く外まで駆け抜けた。
 いくら瘦せ細っていても、さすがに子どもひとりと猫三匹は、ぼろぼろの身体には鉛のようだった。それでも足は止まらない。
 隣の人がすぐそこまで追ってきているかもしれない。見えない敵を背後に感じながら、辺りを見渡す。
 昼過ぎから夕方へと向かうあいだの、中途半端な時間。人がいない。警察がどこにあるかもわからない。いちばん近いコンビニやスーパーはどこにある?
 誰か。誰か、お願いだから話を聞いて。私を透明にしないで。
「あら。あなた、このまえの裸足の子よね?」
 聞き覚えのある声にはっとして振り返ると、ベルの点検のときに話した女性がいた。目を合わせた女性はぎょっとして、みるみる顔色を変えた。