ずっと。私はずっと、この子を見ていない振りをした。
 だって猫たちとベランダで縮こまるこの子は、お母さんと暮らしていたときの私にそっくりだったから。みーちゃんとの約束を破ったことがばれて、ぜんぶなくすのがこわかったから。
 もう見たくなかった。もう戻りたくなかった。それなのに、この子は。
「……ごめん、ごめんね」
 ぶわりと膨れあがった涙の膜で、視界が一気に潤んだ。泣くなんて機能はもうとっくになくしたと思っていた。泣けば泣くほどお母さんは叫ぶし、泣いたところでお腹がふくれるわけじゃない、誰かが助けてくれるわけじゃない。体力を消耗するだけの虚しい行為だった。
 ふつふつと湧きあがってくる何年分もの涙を拭って、ぐっとこらえた。隣の人は部屋のなかにいるかもしれない。私の声も音も、ひとつも洩らしちゃいけない。
「いたい? ねえ、いたい?」
 痛がっているのだと誤解した隣の子は、さっきよりも大きな声で訊いた。だいじょうぶと答える代わりに、首を横に振った。両手で鼻と口をふさいで、嗚咽を飲み込む。呼吸を整えて、おもちゃみたいにちいさな耳に向かって囁いた。
「猫たちと端っこに行って、動かないでじっとしてて。私が割ったら、すぐにこっちに来て」