玄関の扉がしまり、ふう、と吐き出したため息は思いのほか大きく響いた。今度こそひさしぶりの、ひとりきりの時間。とたんに肩が軽くなって、バランスのとり方がわからなくなった。ふらふらとリビングに戻ると、ベランダからかすかに猫たちの鳴き声が聞こえた。
 あの日からベランダには出ていない。私はもう、みーちゃんとの約束を破りたくなかった。
 なにも聞こえない。なにも見てない。なにも知らない。
 鼓膜をぱたんと閉じて、テーブルを片していく。パンくずはゴミ箱へ、かさかさのトーストは三角コーナーへ、脂の浮いた真っ黒コーヒーはシンクへ。それぞれの場所へと送りだす。
 みーちゃんが毎朝使っているマグカップは、いくら洗剤で磨いてもコーヒーの染みがとれなかった。必死にこすっているとカップは手のなかから逃げるようにすり抜けて、シンクに落っこちた。心臓が縮み上がり、恐る恐るカップを拾い上げる。粉々にはならなかったものの、淵の部分がわずかに欠けてしまった。