先のかなでの話を聞いても、陸は変わらず優しい声をしていた。

「さっき、成海は人目が気になるタイプなのって訊いたじゃん」
「え…………う、ん」
「昔の俺に似てるなって思ったんだ」

 苦笑いを浮かべて、陸が肩をすくめる。

「俺、すごい人見知りでさ。人目がやたらとこわかったんだよ。だからさっきの成海みたいに、目を閉じて、耳も塞いで、動けなくなる気持ち、分かる気がして」

 共感してくれる言葉が、傷ついたかなでの心にじんわりと沁みていく。
 クラスの女子にどんなに悪く言われても、泣くのを我慢してきた。泣くことでまた悪口を言われると分かっていたから。
 約二ヶ月。ずっと我慢してきたはずの涙が、どうしてかこの瞬間、ぽつりとこぼれ落ちた。

 ぽろぽろとこぼれていく涙を見て、どうしてか、陸はやわらかく笑った。

「人の目ばっかり気にしてるとさ、周りの言葉は全て正しい気がしてくるんだよな」

 だからさっきの成海みたいな言葉が出てくる。
 そう続いた言葉に、回らない頭でゆっくりと思い返してみる。

 ぶりっ子で、男に媚びる、男好き。
 今までたくさん言われて傷ついてきた言葉を、自ら口にした。
 そしてそれは、悪口ではなく本当のことだ、と。

 でもそれは間違ってるよ、と陸が優しい声でかなでに言い聞かせる。

「俺は成海のこと、全然知らないけどさ。少なくとも、ブスじゃないじゃん」
「でも…………すごく、言われるし……」
「…………うーん。そうだなぁ」

 困ったように陸が眉を下げる。
 それから、ああそうだ、と小さく笑う。

「俺は好きな人がいるんだけど、だから正直成海に好かれようが嫌われようが構わないんだよね」
「…………うん」
「俺が成海をわざわざ褒める理由もないわけで……。だからつまり、…………何が言いたかったんだっけ?」

 こてん、と首を傾げる陸。そんな彼をしばらく眺めていたけれど、少しずつ面白さが込み上げてきて、くすり、と笑ってしまった。
 くすくすと小さな声で笑っていると、陸も同じように笑い出した。
 それから、かなでの長く伸びた前髪を指先でちょこんと持ち上げて、整った顔でかなでの顔を覗き込む。

「ほら、笑ったらかわいいし」
「………………え」
「少なくとも悪口のうちの一個は、女子の言いがかりだって分かったね」

 離された前髪が、ふわりとかなでの目を隠す。
 また目に涙が浮かび、頰は熱くてたまらなかった。

 ずっと悪口を言われ続けて、心が折れてしまっていた。知らぬ間に考え方も歪んでしまっていたのだろう。
 ぶつけられた言葉が、全て事実だと思い込んでしまっていた。
 ブスで、ぶりっ子で、媚びていて、あざとくて、男好き。
 かなで自身に非がある。だから何を言われても仕方がない。
 そう、思っていたのに。

「頭のおかしいやつの声ばっかりが大きく聞こえるかもしれないけど、大丈夫だよ」

 成海のことをちゃんと見てくれる人が、絶対にいるよ。
 陸から向けられたその言葉が、かなでの胸の奥深くにじんわりと響いた。