カーテン越しに見える影。
 その人は、カーテンを開けることなく、こちらに呼びかけてきた。

「咲夜、その子起きた?」
「え? ああ。起きたけど、今ちょっと具合悪そうで」
「ふうん。その子とちょっと二人で話していい?」

 優しくて落ち着きのある声は、かなでにも聞き覚えがあった。かなでを助けてくれた、男の子のものだ。名前は、陸。
 咲夜が少し迷った表情を見せたので、かなでは大丈夫、と小さく応える。
 くしゃりとかなでの髪を撫でた後、咲夜は立ち上がってカーテンの外に出た。そこでやけに小さな声で会話をし、足音が保健室の外に出ていった。

「えーっと、入ってもいい?」

 控えめな声が、かなでに呼びかける。どうぞ、と言おうとしたけれど、またうまく声が出せなかったので、起き上がって少しだけカーテンを開けた。
 陸は驚いたように目を丸くして、それから遠慮がちにカーテンの中に入ると、先ほどまで咲夜が座っていた椅子に腰を下ろした。

「あ、の…………今朝、は、…………ありがとう、ござい、ました……」

 やけに言葉が途切れてしまうのはどうしてだろう。
 咲夜と話しているときは、もう少し普通に話せていたはずなのに。
 喋り方が変だって思われないかな、という不安がかなでを襲う。
 それに、不容易にカーテンの中に招き入れてしまったけれど、尻軽女だと思われてしまったかもしれない。気持ち悪いと思われたらどうしよう、と考えていると、また息苦しさが戻ってきてしまった。

「成海って、人目がすごく気になるタイプ?」

 ふいに投げかけられた問いに、かなではゆっくり顔を上げる。こくん、と小さく頷くと、当たった、とやわらかく彼は笑った。
 その笑顔は、かなでが久しく見ていなかった、悪意のない純粋なものだった。
 そのせいだろうか。少しずつ、呼吸がゆっくりできるようになってくる。だんだんと息苦しさが引いていき、うるさかった心臓の音もましになった気がした。

 セラピーでも受けたみたいだ、とかなでが目を丸くして見つめていると、陸は少し恥ずかしそうに笑った。

「俺、速水陸。咲夜と同じチームで野球してる」
「成海かなで、です」
「知ってる。咲夜がいっつも成海の話してるから」

 陸がかなでのことを知っていたのは、悪目立ちをしているせいではなかったようだ。
 安堵すると同時に、咲夜はどうしてそのことを教えてくれなかったのか疑問に思う。
 まだふわふわとしている頭では、うまく考えもまとまらなかった。
 そんなかなでに、陸はやわらかい声で問いかける。

「成海を保健室に連れてきた後、教室にカバン持っていったんだけどさ。もしかして、女子から嫌がらせとかされてる?」
「…………っ」

 恥ずかしさに顔が熱くなる。
 嫌がらせ、と言えるのだろうか。
 ただ悪口を言われているだけだ。それも、たぶん事実に基づいた本当のことを。

 自分は人に嫌われてしまうような人間だ、と口にするのが恥ずかしくて、かなでは泣きたくなった。
 でも質問されたということは、きっとクラスの女子から陸も何かを聞いてしまったのだろう。
 たとえば「また成海のやつ男子のことたぶらかしてたんだ。陸くんも気をつけた方がいいよ、あの子男好きだから」とか。
 実際に聞いたわけではないのに簡単に想像できてしまって、また頰が熱くなった。

「あの、私、ブスのくせにぶりっ子だし、あざといらしいし、男の子に媚びてて、男好きだって言われてて…………。その、だから、悪口とかじゃなくて、本当のことで…………」

 言い訳をするように並び立てた言葉は、果たして正しかったのか。

 陸は薄茶色の瞳でまっすぐにかなでを見つめていた。