退屈な入学式を乗り越えて、かなでは無事に大学生の仲間入りをした。
毎日が朝から忙しい。
大学には私服で通うので、大人っぽくてかわいい服を休み中に買い揃えた。
いろんな組み合わせを試してみて、今日は空色のシャツに白いフレアスカートを合わせてみる。
ハイウエストでスカートを履き、シャツも短めに見えるように、裾はシュシュを使ってアレンジする。
メイクは蓮に以前から教えてもらっていた通りに実践した。
ヘアアレンジは苦手なので、ハーフアップに桜の髪飾りをつけるだけの簡単なもの。
鏡の中に映るかなでは、高校生のときよりも少しだけ大人びて見える。
これならばきっと、高校生に間違えられることもないだろう。
大学ではすでに何人か話ができる相手ができた。
相変わらず人目のこわいかなでは、自分から話しかけることはできない。
でも周りの優しい人が声をかけてくれるおかげで、無事に新生活に馴染み始めている。
不安になることもたくさんある。
それでも、そんなときは陸の言葉を思い出すのだ。
『俺はなるの味方だよ』
『なるの、笑った顔が好き』
今は近くにはいないけれど、陸にもらったたくさんのお守りの言葉は、今日もかなでの心を支えてくれている。
「かなで! 一緒にサークル見学に行かない?」
「行きたい! いいの、一緒に行って?」
「当たり前でしょ。あ、山下! 高橋! あんたたちも一緒に行く?」
「おー行く」
「どこ見に行く?」
同じ学部の男の子二人も合流して、どのサークルを見学に行くか、討論が始まる。
成海はどこがいい? と訊かれて、かなでは首を傾げる。
「うーん、野球、に詳しくなれるところとか……?」
「なにそれ。野球好きなの?」
「全然分かんない」
かなでがへらりと笑うと、男子の一人がなぜか手を挙げる。
「はい! 俺、高校までがっつり野球やってた! 彼氏候補にどう!?」
ぐいと顔を覗き込まれて、かなでは眉を下げる。
別に、野球をやっている人が好きなわけではなくて。
大好きな人が、たまたま野球をやっていただけなのだが。
陸の笑顔を思い出し、かなでは笑う。
「ダメ! 私、もう心に決めた人がいるから!」
振られてるじゃん、と笑い声が上がる中、かなでのポケットでスマートフォンが震える。
陸からのメッセージだった。
『サークル見学楽しそうだね。変な男に絡まれないように気をつけてね』
離れていても、心配してくれている。
かなでは陸を安心させるためのメッセージを返信する。
『大丈夫! 私ね、陸くんしか見えないから!』
今日も明日も明後日も。
かなでが大好きなのは、ずっと変わらず、陸だけなのだから。
メッセージを見た陸が、かなでの笑顔を思い出してくれるといい。
そんなことを考えながら、同期たちに置いていかれないよう、かなでは三人の背中を追いかけるのだった。
おわり。