ぎゅっと優しく握られた手が、少しだけ震えていることに気がついた。
 陸ももしかしたら緊張をしているのかもしれない。
 それはつまり、今の言葉が本当だ、ということで。
 かなでは唇を噛んで、涙を堪える。

「…………俺の予想だと、なるも俺のこと、そういう意味で好きかなって思うんだけど…………違った?」

 アーモンド型のきれいな薄茶色の目に、不安の色が入り混じる。
 陸は首を傾げ、かなでの言葉を待っている。

 いつからかは分からない。
 でも陸は、気づいていたのだ。
 陸くん大好き! 陸くんは私の推しだよ! というかなでの嘘に。

 嘘に気づいた上で、許してくれると彼は言う。
 むしろ、嘘だったら嬉しいな、と期待をしている。

 こんなにも幸せなことがあっていいのだろうか。
 かなではどうしようもない嘘つきで。
 陸のそばにいるために、ずっと騙し続けてきたというのに。

「わ、たし…………陸くんの、そばにいたくて」
「うん」
「でも、これを言ったらそばにいられないから、ずっと推しだって嘘ついてて」
「うん」
「でも本当はね……、ずっと、言いたかったの…………!」

 堪えきれなくなった涙が、頰を伝う。
 陸の指先がそれを拭ってくれたのに、一粒、また一粒とぽろぽろこぼれ落ちて、涙は止まってくれない。

 前に見たことがある。
 陸が好きな人を想って話すときの、とても優しい表情。
 ずっと向けてほしかったその表情で、陸がかなでに呼びかける。

「なに? なるの言いたかった話、俺は聞きたい」

 甘やかな声が、またかなでの涙を誘った。

「…………っすき、大好き、陸くんのこと、大好きっ!!」
「うん」
「世界でいちばん、好きなの! 推しじゃなくて! 大好きなのっ……!」

 叫ぶように口にした言葉は、陸の服に飲み込まれてしまった。
 抱きしめられたのだ、と気づくのに、数秒かかった。
 ぼろぼろとこぼれる涙は、どんどん陸の胸元を濡らしていく。

「ねえ、なる」

 しばらくの間、泣いているかなでを抱きしめていた陸は、耳元でかなでの名前を呼ぶ。

「オフシーズンになったら京都まで会いに行くから、それまで待っててくれる?」
「…………っ、次の、約束?」
「うん。もちろん、電話もするし、メッセージも送る」
「私、陸くんのこと、まだ好きでいていいの……?」

 おそるおそる訊ねた言葉に、当たり前じゃんと陸が笑う。
 好きでいていい。この恋を、終わりにしなくていい。
 そのことが、どれほど嬉しいか。
 きっと陸は知らないだろう。

「遠距離になっちゃうし、シーズン中はろくに会えないと思う」
「…………陸くん」
「それでも俺は、なるに彼女になってほしい。なるのこと、ひとりじめしたい」

 ひとりじめ。
 重たいはずの言葉が、かなでの耳にはどうしようもなく魅力的に聞こえた。
 自分で涙を拭い、かなでは笑う。

「私も陸くんのこと、ひとりじめしたい。陸くんの、彼女になりたいよ」
「…………よかった、ありがとう」

 安堵のため息をこぼした陸に、いつか言えるだろうか。
 かなでが六年間積み重ねてきた、たくさんの大好きを。
 少し重たいかもしれないけれど、受け入れてもらえる日がくるといい。
 それがどれくらい先の未来かは、まだ分からないけれど。

 陸が好きだと言ってくれたとびきりの笑顔で、かなでは陸を呼ぶ。

「陸くん!」
「ん? どうしたの?」

 優しい笑顔で応えてくれる陸は、今日からかなでの彼氏だ。

「あのね! 私、今日も明日も明後日も、これから先ずーっと! 陸くんのことが大好きだよ……!」
「俺だって負けないよ。なるのこと大好きって言い続けるから、覚悟しておいてね」

 そんなの、かなでにとっては、ご褒美でしかない。
 陸の言う通り、しばらくは寂しい思いをするかもしれない。
 それでもかなでは、今日たくさんもらった陸の気持ちを糧に、頑張れる。そんな気がしていた。