陸はやわらかい声で、ゆっくりと語る。

「最初に意識したのは、文化祭のとき。ドレスを着たなるがあまりにも大人っぽくて、焦ってさ。でも、いつもの笑顔を見たらなんかすごい安心して、好きかもしれないって思ったんだ」

 かなでは目をまたたかせながら、陸の話に耳を傾ける。
 陸の声はしっかりと聞こえているのに、言葉の意味が分からない。
 正確にいえば、分かっているけれど、ありえない、と頭が否定しているのだ。

「でもなるは、俺のことを推しだって言ってくれてるから。それならちゃんと、友達のままでいようと思った」

 それから体育祭の借り物競走についても説明をしてくれる。
 リレーの練習でかなでが泣いているのを見て、笑顔でいてほしいと思ったこと。
 守りたい、と思ってくれたこと。
 そんな状態で借り物競走に出て、好きな人という紙を引き当てしまったものだから、まっすぐかなでの元へ向かってしまったこと。
 誤魔化すために、初めてかなでに嘘をついたこと。

 喉がからからで、声が出ない。
 きっと頰は真っ赤に染まっている。
 それこそ、先ほど陸に指摘されたときよりも、もっとずっと。
 何も言わないかなでに怒ることなく、陸は大丈夫? と優しく声をかけてくれる。

 必死になって首を縦に振るけれど、本当は全然大丈夫じゃない。
 胸がきゅうと締め付けられるし、ドキドキと心臓はうるさい。顔も熱くて、息もうまくできない。

 なに、何が起こってるの。
 だって陸くんには、好きな人がいて。
 私のことは友達だと思っていて。
 いつだってそばで励ましてくれるけど。
 でも、やっぱりただの友達でしかなくて……。

 陸が紡いだたくさんの言葉が、ゆっくりと時間をかけて、かなでの心に沁み込んでくる。

 どうしよう。
 顔が熱くて。ううん、そうじゃなくて。
 泣いてしまいそう。
 まだそうだと決まったわけではないのに。
 はっきりと、その言葉をもらったわけではないのに。

 かなでが空いた左手で顔を隠すように覆うと、陸の優しい手が、いじわるにそれをどかしてしまう。

「だ、め…………いま、泣きそう、だからっ……」
「うん。でもちゃんと顔を見て言いたいし」
「い、いじわる…………っ!」
「そうだよ、俺は結構意地悪だし、ヤキモチもやくし、独占欲も強いよ?」

 がっかりした? と試すように訊ねるのは、ずるいと思う。
 かなでがふるふると首を横に振ると、よかった、と陸はやわらかな笑みをこぼした。

「なるの、笑った顔が好き」
「…………っ!」
「でも泣いたり困ったりしてるところもかわいいと思う」

 陸が何を言い出したのか分からなくて、かなでは口をはくはくと動かす。
 しかし何ひとつ言葉にならない。

「俺、なるが好きだよ」

 ずっと欲しかったその言葉は、かなでの鼓膜をやわらかくくすぐって、胸の奥に溶けていった。