陸が連れてきてくれたのは、桜と菜の花がきれいなコントラストを演出している、花見スポットだった。
「桜、もう結構咲いてるね」
「わああ……! きれい……!!」
かなでがくるくると辺りを見回していると、転ばないように陸が手を引いてくれる。
見渡す限りの桜並木。
そして一面に広がる菜の花。
学校や公園にある桜はもちろん見たことがあるが、こうしてお花見に来るのは初めてだ。
桜並木からひらひらと舞う花びらも、風に揺れる緑も、太陽と同じくらい眩しい菜の花も、全てが絶景だった。
「すごいねぇ……! 私、お花見って初めて!」
「喜んでくれてよかった。なるって言ったら桜だな、と思って」
「え? 私、春生まれじゃないのに?」
かなでは九月生まれだ。
陸も毎年お祝いしてくれているので、誕生日は知っているはず。
どうして桜なんだろう、と首を傾げていると、文化祭のドレスだよ、と陸は笑った。
「あー! そっか! お花のドレス!」
陸は新緑をイメージしたタキシード姿だった。
かっこよかったなぁ、と思い出して笑っていると、かなでの髪についていた桜の花びらを陸が取ってくれる。
ドラマのワンシーンみたい、とかなでは心の中で呟いた。
陸が花びらを摘み上げるだけで、恋愛ドラマにできそうなくらい、絵になるのだ。
とくんとくん、と少し速くなり出した心臓の鼓動を聞きながら、かなではやわらかく笑う。
「文化祭、楽しかったよねぇ」
「なるは急な出番で大変そうだったけどね」
「うん、でも楽しい思い出の方が多いかな!」
文化祭の日。
お花のドレスを着て、タキシード姿の陸と並んで歩いた。
目の前に陸が跪いて、左手の薬指にキスをしてくれたのだ。あのときの陸は、いつもよりもどこか強い目をしていて、かなでは心臓が口から飛び出てしまいそうだった。
それから控え室に戻ったら、きれいだねと褒められて、でもいつものなるの笑顔が好き、と言ってくれた。あの言葉は、今でもかなでのお守りだ。
陸のずっと好きだった人、萌に会ったのも文化祭の日。
二人の距離感と、陸が見せる優しい笑顔を、羨ましいと思ったりもした。
陸にお説教もされた。
かなでの存在が陸を救っているのだ、と教えてくれた。
それから、とかなでは思い出して俯く。
これからもずっと友達でいてほしい、と、陸はそう言ったのだ。
「…………なる」
ふいに、陸の歩みが止まる。
せっかく大好きな人と一緒にいるのに、考えごとをしながら歩いてしまった。
かなでは慌ててなあに、と訊ねる。かなでの手を握る陸の手が、ぎゅっと少しだけ強くなった。
「中学のとき、なるに嘘はつかないよ、って約束したの、覚えてる?」
「うん。当たり前だよ」
「俺さ、なるに一個だけ、嘘をついたことがある」
突然の告白に、かなでは首を傾げる。
嘘ってなんだろう。
優しい陸のことだから、きっとかなでを傷つけるようなものではない。
背の高い陸を見上げ、次の言葉を待っていると、ふいに違う話に変わってしまう。
「お守り。あげたやつ、持ってる?」
「えっ? う、うん、持ち歩いてるけど……」
「貸して?」
話が読めずに困惑しながらも、陸の言う通り、もらったお守りを手渡す。
四つ折りのそれを器用に片手で開いた陸は、「これ、何だと思う?」とかなでに訊ねた。
好きな人と書かれたそれを眺め、かなでは首を傾げる。
「なんだっけ。大事な話の、欠片? みたいな……」
「まあ、そうなんだけど。……借り物競走の、お題なんだよ」
「………………えっ?」
体育祭の借り物競走。陸はお題を引いて、迷わずかなでを選んでくれた。
確かにあのとき陸は引いたお題を記念にもらっていたけれど、でも、犬系女子っていうお題だった、と。
かなでの中で線が繋がり、ええ! と声を上げる。
「犬系女子っていうのが嘘だったってこと!?」
「そう。嘘ついてごめん」
「え、全然大丈夫だよ! そんなのかわいい嘘じゃん!」
実際、犬系女子じゃなかったからといって、落ち込んだりはしていない。
それに、かなでの方がよほど重たくて汚ない嘘をついている。
笑うかなでに、陸が首を傾げる。
「なる、意味分かってる…………?」
その瞬間、花びらを巻き上げるように、強い風が二人の間を吹き抜けた。