冬になると、あっという間に受験シーズンが始まった。
 就職希望のクラスにいるので、クラスの中で共通テストを受けに行くのもかなでだけだ。
 共通テストを翌日に控えた日、陸から珍しく電話があった。

『なる? 忙しいところごめん。ちょっとだけ大丈夫?』
「うん、大丈夫だよ。もうテスト明日だし、じたばたしても仕方ないから」
『そっか。…………最近、ちょっと調子悪そうだけど、受験のせい?』

 同じクラスにいるのに、陸がわざわざ電話という手段で、かなでに連絡を取った理由が分かった。
 陸は察していたのだ。
 かなでが、中学生の頃と同じように、ストレスで神経が過敏になっていることを。
 そしてそれを、咲夜や蓮に知られたくない、と思っていることも。

「すごい、なんで分かったの?」
『……俺がこの間、卒業後に集まりたいって話をしたとき、一瞬なるが不安そうな顔をしてたから』

 かなでの記憶にも強く残っている。
 卒業したら忙しくなるけど、予定合わせてみんなで集まりたいな。と陸が言ったとき、かなでは思ってしまったのだ。
 『みんな』の中に、かなでは入っているのだろうか、と。
 きっと声はかけてもらえる。そう思いたい。

 でも、いつも一緒にいる陸、咲夜、蓮、かなでの四人の中で、かなでだけが女なのだ。
 たとえば誰かに嫉妬深い恋人ができたら?
 陸はすでに注目選手なので、女の子と会わないように、なんて注意を呼びかけられるかもしれない。
 スポーツ選手にとって、身に覚えのない恋愛のスキャンダルほど邪魔なものはないだろう。

 かなでだけ、声がかからないかもしれない。
 一度そんな考えが頭をよぎったら、もうダメだった。
 嫌な考えばかりが頭をめぐる。
 卒業後に集まるときも、同窓会も、結婚式も、かなでにだけ声がかからない。
 他のみんなは仲良く交流しているのに、かなでだけが輪の外にいる。
 そしてそれを、誰かのSNSの投稿で知る…………。

『なるは呼ばなくていいんじゃない?』

 陸くんはそんなこと言わない。

『かなでを呼ぶと、陸くん陸くんってうるさいし、いいよ呼ばなくて』

 咲夜がそんな風に思ってたらどうしよう。

『かなちゃんは京都だもんね。遠いし、声かけたら逆に気を遣わせちゃうんじゃない?』

 蓮くん、そんな悲しいこと言わないで。

 全部かなでの被害妄想だ。分かっているのに、止められない。
 スマートフォンを握りしめたまま、何も言えなくなってしまったかなでに、陸が優しい声を紡いだ。

『ねえ、なる。受験終わるまで言わないでおこうと思ったんだけど、ちょっとだけ聞いて』
「………………やだ、こわい……」

 ずっとなるのこと、うざかったんだ。
 付きまとわれて迷惑だったんだよ。
 やっと離れられてせいせいする。
 もしかして俺のこと、そういう意味で好きだったの?
 気持ち悪い。

「こわい…………っ、やだ…………」

 陸はそんなことを言わない。
 何十回、何百回言い聞かせても、かなでの頭は言うことを聞いてくれない。

 助けて、陸くん。
 そう思うのに、肝心の陸に嫌われているかもしれないと思っているのだから、助けを乞うことすらできない。

 陸の話が何かも分からないのに、かなではぼろぼろと涙をこぼす。
 やだ、こわい、と何度も繰り返していると、陸がふいに話を変えた。

『なる、今って家にいる?』
「う、ん…………」
『今から行っていい?』

 え、と戸惑うかなでに構わず、電話口からばたばたと慌てるような音がする。
 お守りを持っていくから、という言葉を最後に、電話が切れた。
 ツーツーと鳴り響く音を聞きながら、かなでは呆然としていた。