教室に戻ると、みんな疲れ切ってぐったりしていた。
体育祭の結果は、総合二位。かなりの好順位だと思うが、負けず嫌いの集まっているクラスなので、悔しがっている人も多い。
そんな中、かなでが送った動画をスマートフォンで眺めていた蓮に、こっそり声をかける。
「蓮くん、ちょっといい?」
「ん? なに?」
「ここだとちょっと……」
小声で話していたのだが、すぐ近くの席の陸には聞こえてしまったらしい。
かなでは誤魔化すように笑って、蓮を教室から連れ出した。
教室で話していたら、いつ咲夜が戻ってきてしまうか分からない。
少し離れた自動販売機の前まできて、かなでは小さな声で話し始めた。
「あのね、借り物競走のお題、咲夜に聞いてきたんだ」
「えっ?」
「蓮くん、気になってるみたいだったから」
かなでが笑うと、蓮は自動販売機でオレンジジュースを奢ってくれる。
ありがたくいただいて、果汁たっぷりのオレンジジュースを味わいながら、再び口を開いた。
「一番かっこいいと思う人、だって」
「…………っ」
「蓮くんにバレたら恥ずかしいから、隠してたみたいだよ」
まあ私が言っちゃうんだけどね! ところころ笑うけれど、蓮の反応はない。
何か気に障ることを言ってしまっただろうか。
慌てて蓮の顔を覗き込むと、眉をぎゅっと寄せ、唇を強く噛んでいる。
今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情だった。
以前からときどき思っていた。
確信はないけれど、もしかして、蓮は咲夜のことが好きなのかもしれない、と。
蓮はいつもへらへらと笑っていて、本当の感情を表には出さない。
笑顔の仮面の下に、自分の気持ちを隠してしまうのだ。
でもたまに、咲夜のことを見ているとき、とても優しい顔をする。見間違えかもしれないと思ってしまうくらい、ほんの一瞬。
それでも確かに、甘やかな表情を浮かべ、蓮は咲夜を見つめるのだ。
あれは文化祭の当日だっただろうか。
蓮が初めて口にした本音。
『俺、好きな人がいるんだよね。絶対に本人には言えない、叶わない恋をしてる』
その相手が誰とは語らなかったし、かなでも聞かなかった。
でも、もしかしたら、その相手が咲夜なのもしれない。
蓮の気持ちを思うと、辛くてたまらなかった。
叶わない恋。
本人にも絶対に言えない恋。
かなでが陸に抱いているよりも、ずっと重たくて、苦しい気持ちかもしれない。
同じように友達に恋をして、同じように失恋確定でも、かなでと蓮では少し違う。
相手が異性か、同性か。
ほんの些細な違いのはずだ。少なくともかなでは、そう思う。
でも同性間の恋愛に対して否定的な意見を持つ人がいることも、かなでは知っている。
咲夜も蓮も大事な友達なので、下手なことは言えない。
大丈夫だよ、とも、応援するよ、とも。
そんな軽率な発言はするべきではない。
だからかなでは、笑って嘘をつく。
「まあ咲夜の気持ちも分かるなー。私も一番かっこいい人って言われたら、蓮くんを選んじゃうかも!」
「…………ははっ、かなちゃんは、嘘が下手だねぇ」
かなちゃんが、りっくんを選ばないわけがないのに。
続いた言葉に、かなではやわらかく笑う。
「分からないよ? そりゃあ陸くんは私の推しだけど、私だってたまには他の人をかっこいいって思ったりするんだから!」
「さっくんのことも?」
訊かれた問いに、この場合はどう答えるのが正解なのだろう。
分からなかったので、かなでは素直に答えることにした。
「リレーのときは、さすがにかっこよかったね。普段はそんなこと、思ったこともないんだけど」
かなでの正直すぎる答えに、蓮は目を丸くした。
それから太陽を見るように眩しそうに目を細め、蓮は小さな声で呟いた。
「…………すごいかっこ悪いこと言うけどさ」
「ん?」
「俺、生まれ変わったら、かなちゃんになりたい」
ブラックコーヒーの缶を握りしめ、蓮が呟いた言葉は、暗闇に溶けて消えていった。