体育祭が終わってすぐ、かなでは咲夜を捕まえて、ひと気のないところへ連れ出した。
「なんだよ、急に」
「あのね、咲夜に訊きたいことがあるんだけど……」
「…………なに」
秋になると、日が沈むのも早い。すでに暗くなりかけている教室で、かなでは咲夜に問いかけた。
「借り物競走! あれ、咲夜が引いた紙、なんて書いてあったの!?」
「………………はー、緊張して損した」
「ねえねえ! なんて書いてあったのー!」
迷わず蓮くんを連れて行ったよね、とかなでが言うと、咲夜は眉をひそめる。
しばらくはかなでのことを適当にあしらっていたが、かなでが言い出したら聞かない性格だということを思い出したのだろう。
蓮には絶対に言うなよ、と前置きをして、教えてくれた。
「…………一番かっこいいと思う人」
「えっ、言えばいいじゃん! 蓮くん喜ぶんじゃない?」
「女子と違って、男は友達同士で褒めあったりしないんだよ!」
下手したら引かれるぞ、と咲夜は言うけれど、かなではそうは思わない。
蓮は絶対に引いたりしないのに。
「でも、一番かっこいい人かぁ。咲夜の中で、かっこいいと思う人は蓮くんなんだね!」
幼い頃から野球をやっている咲夜なら、野球が上手い人をかっこいい人だと認識していそうなものなのに。
それこそ、陸とか。
好きな人の顔を思い浮かべ、かなでは笑う。
「私がそのお題を引いてたらねぇ」
「はいはい、陸を選ぶんだろ」
「うん! いつもならね!」
かなでの言葉に、咲夜が目を丸くする。
おまえが他の男をかっこいい人として選ぶことなんてあるの? という表情だ。
まだお礼を言っていなかったので、かなでは照れながら笑ってみせた。
「今日だったら、咲夜を選んだかも! クラス対抗リレー、かっこよかったよ。庇ってくれて、ありがとね!」
透に怒られたとき、真っ先に庇ってくれた。
かなでにはバトンを回すことだけ考えろと言って、透と陸と三人でフォローしてくれた。
本番前も、俺が何とかしてやるからと励ましてくれた。
そして何より、かなでが作ってしまった遅れを、本当に取り戻してくれた。
今まで男の人として意識したことはなかったが、それでもドキッとしてしまうくらい、今日の咲夜はかっこよかったのだ。
でもそれを改めて口にしてしまうとやけに恥ずかしく思えて、かなでは咲夜の反応を見る前に逃げ出すことにした。
「じゃあね! 先に教室戻るから!」
「かなで!」
教室のドアを開けた瞬間、咲夜に腕を掴まれる。
その手はとても熱くて、かなでは少しだけドキドキしながら振り向いた。
「なに?」
「…………俺も訊きたいこと、あるんだけど」
「えっ、なーに」
「いつもはねぎちゃんって呼ぶだろ。なんで今日は、名前で呼ぶんだよ」
特に意識していたわけではない。
普段からふざけてねぎちゃんと呼んでいるけど、元々は咲夜、と名前で呼んでいたのだから。
「えっ、呼びたかったから……?」
理由なんてあってないようなものだ。
たまたま咲夜、と名前で呼びたくなっただけ。
それを答えると、咲夜は大きくため息をついて、陸みたいなこと言うなよな、と呟いた。
それから手で追い払うような仕草をするので、かなでは素直に従った。