そんなことを考えているうちに、陸の組がスタートを切る。
 グラウンドにいくつか設置されている借り物箱。その中から好きな箱を選び、一枚の紙を取る。
 一度引いたお題は戻せないので、いいものを引けるかは運次第だ。

 陸はスタート地点から少し離れたところにある借り物箱に手を入れる。
 そして少し時間をかけて一枚を引いた。
 紙を開いた陸は、辺りを見回し、そしてかなでたちのいるクラスの応援席まで走ってきた。

「なる、ごめん! 一緒に来て!」
「えっ、はいっ!」
「疲れてるのにごめんね」

 午前のリレーで体力を使い果たし、足はぷるぷると震えている。
 しかし大好きな陸の呼びかけとあれば、答えない理由もない。

 ぴょこんと立ち上がり、陸の元へ駆けていく。
 すると陸は当たり前のようにかなでの手を取り、走り出した。

 えっ、ええええ!? 手、手っ……繋いでる……!!

 心の中で悲鳴をあげるけれど、陸は当然気づかない。
 きっと借り物競走だから、無意識にかなでの手を握って走っているのだろう。
 陸のお題が何かは知らないが、他の女の子じゃなくてよかった、とかなでは心から思った。

 陸は足の遅いかなでを気遣い、ゆっくり走ってくれていた。
 かなでが後ろを振り返ると、まだ他の選手たちはお題のものを見つけられていないようで、追いかけてくる人はいなかった。
 追ってくる人がいたならば、無理にでも引っ張っていってもらおうと思ったが、ここは陸の優しさに甘えてしまおう。
 ゴール前に辿り着くと、陸は審判にお題の紙を渡す。
 そして咲夜と同じように審判に何かを耳打ちして、この子です、とかなでの方を見て笑った。

「はい! 三年七組速水くん、ゴール!」

 審判のコールを聞いた後、陸はかなでの手をそっと離した。
 そして審判に頼み、先ほど提出したお題の紙を返してもらっている。

「どうしたの?」
「ん? 記念にもらおうと思って」

 陸はやわらかく笑って、お題の白い紙を丁寧に折り畳む。それをポケットにしまうと、かなでにもう一度謝った。

「ごめんね、なる。疲れてたのにまた走らせちゃって」
「ううん! 全然大丈夫!」

 陸と手を繋いで走れたのだから、疲れなんてどこかへ飛んでいってしまった。
 それよりもどんなお題だったの? とかなでが訊ねると、陸は珍しくいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「何だと思う?」
「うーん、付き合いの長い友達?」
「残念」
「わりと頭のいい女友達!」
「なにそれ」

 陸がくすりと笑う。
 さっきのいたずらな表情もよかったが、楽しそうに笑う顔もかわいい。

「答えはね」
「うんうん!」
「犬系女子」
「私、犬系女子なの?」

 確かに陸のわんこだとからかわれることはあるが、あれは犬系女子という意味合いではない気がする。
 陸は首を傾げながら、違うのかな? と呟く。

「なんかなるって、ポメラニアンっぽくない?」

 ポメラニアンがどんな犬種が思い出せず、かなでも首を傾げる。
 陸は歩きながらかなでの犬っぽいところを挙げていく。

 いつも目がきらきらしてて、楽しそうに笑ってて、甘え上手で、人懐っこくて、寂しがりやで、見つけると絶対に駆け寄ってきて、いつも後ろをくっついて離れなくて、何気ない一言に一喜一憂して、でも絶対俺の言葉を信じてくれる。

 挙げられた特徴が、本当に犬らしいものなのか、かなでには判断がつかない。
 犬を飼ったことがないからだ。

 でもひとつ、確かなことがある。
 陸はかなでのことを褒める意味合いで、犬系女子と言ってくれたのだ。
 実際にどうなのかはこの際どうでもいい。
 犬系女子というお題を引いた陸が、迷わずかなでを思い浮かべてくれてよかった。
 そのことがかなでの心を浮き足立たせていた。