かなでの席は、陸の右斜め後ろだった。
授業中に陸を観察し放題の最高の席である。隣の席が、咲夜であることを除けば。
「よりによってねぎちゃんが隣かぁ……」
別に咲夜のことが嫌いなわけではない。幼馴染だし、気心知れた間柄なので、気楽ではある。
しかし咲夜は基本的に騒がしい男なのだ。声も大きいし、クラスのムードメーカーになるタイプ。
かなでのため息に、咲夜が反論の言葉を口にする。
「俺だって別に好きでかなでの隣なわけじゃねーよ!」
「あれぇ? さっくん、かなちゃんの隣でてっきり舞い上がってると思ったのに」
からかうような言葉を口にしたのは、陸と咲夜の親友、白石蓮だ。陸にいつもひっついているかなでとも、一年のときから仲良くしてくれている。
蓮は肩まで伸びた金髪を後ろで一つに束ねていて、笑うたびにその髪が揺れた。女性顔負けの美しさと色気を兼ね備えているので、男女共に蓮のファンは多いらしい。
「舞い上がってないから! なんで俺がかなでの隣で…………」
そこまで言って、咲夜が口をつぐむ。
なに? とかなでは首を傾げるが、咲夜はそっぽ向くだけだ。
しばらく黙って見守っていた陸が、小さく笑い出す。それにつられるように、蓮もころころと笑う。
「えっ、よく分かんないけど笑ってる陸くんかわいい!」
「成海はもうちょっと、俺以外のことも見た方がいいよ」
「…………?」
少し幼さの残る整った顔が、くしゃりと笑うところが好きだ。
アーモンド型の大きな目を少し細めて笑いながら、周りを見ろ、と陸が言うので、かなでは辺りを見回してみる。
視界に入るめぼしいものといえば、新しいクラスで舞い上がる生徒たち。それから、なぜか肩を震わせながら顔を赤くしている幼馴染だろうか。
「あれ? 咲夜、なんで赤くなってるの?」
「急に! 名前呼ぶなっての!」
「えっ、めんどくさい! ねぎちゃんって呼んだら怒るくせに!」
うるせー、と呟きながら、咲夜はかなでの額をぺしんと叩く。
陸にかわいいと思ってもらうために、せっかく早起きして前髪を整えてきたのに、咲夜のせいで台無しである。
「あー! もうねぎちゃんのバカ! 前髪崩れてない!?」
慌てて鏡を取り出して、覗き込む。
ふんわりと少しだけカールさせた前髪は、変な形につぶれている。
蓮が笑いながら「さっくんは本当に女心が分からないねぇ」と咲夜を叱ってくれる。その間にどうにか前髪を直していると、鏡の向こうから陸がかなでの顔を覗き込んだ。
「成海はいつも前髪ふわっとしてるもんな」
「そうなの! だってその方がかわいくない?」
「んー、今のぺたんこの状態もかわいいと思うけど」
かわいい。
陸の口から紡がれたその言葉は、かなでを舞い上がらせるのに十分なものだった。
真っ赤になっているであろう頰を両手で押さえながら、かなでは小さな声で呟いた。
「もー、今日はぺたんこのままでいるー」
「成海は単純だなぁ」
陸が面白そうにころころ笑うけれど、それも全く嫌じゃなかった。自分のことで陸が笑ってくれるなんて、幸せ以外の何物でもない。
はー、今日も陸くんがかわいい。
かなでの口から漏れた本音に、蓮は相変わらずだなぁ、と笑い、咲夜は苦い顔をした。
言われた当の本人はもうすっかり慣れた様子で、はいはい、と流してくれる。
これが実は恋なんです、と言ったら、陸はどんな顔をするだろう。
一瞬だけそんなことを考えて、慌ててそれを頭から振り払った。