体育祭は残念ながら快晴だった。
 いっそ雨が降って延期か中止になってくれれば、と思っていただけに、かなでは目が覚めて一番に大きなため息をこぼしたのだった。
 それでもサボるわけにはいかないので、いつも通り登校すると、教室の中はもう騒がしかった。
 体育祭はクラスTシャツを着て、頭にはハチマキを巻かなければいけない。
 しかし年頃の女子たちが素直にハチマキなんて着けるはずもない。ほとんどの女子がハチマキをリボンのようにして、ヘアセットをしている。

 かなでもオレンジのクラスTシャツに着替えた後、蓮に髪をセットしてもらった。
 ポニーテールに編み込みを混ぜた、かわいいけれど動きやすい髪型だ。
 最後にみんなと同じようにハチマキをリボン代わりにしてもらうと、憂鬱だった体育祭も、少しだけ明るい気持ちで臨める気がした。

 お揃いのクラスTシャツを着た陸に、いつものように挨拶代わりにくっついた。
 陸はかなでを見て、やわらかく笑った。

「あれ、なるかわいいね」
「えっ……! あ、か、髪型? 蓮くんにやってもらったの!」
「さすが蓮。器用だなぁ」

 まさか陸に褒めてもらえると思わなかったので、かなでの胸の奥がきゅんと鳴く。
 かわいい、なんて。いつもは言わないのに。
 体育祭前に、貴重なお守りをもらってしまった。
 かなではクラスTシャツの裾をぎゅっと握り、頑張るぞ、と気合いを入れた。

 体育祭が始まると、必死に応援している間に時間は過ぎていった。
 学年別徒競走、障害物競争や綱引き、球入れが終わり、午前のメイン種目、クラス対抗リレーの時間がやってきた。
 待機場所で顔を合わせたリレーメンバーに、私頑張るからね! と宣言する。
 練習中、さんざんかなでに腹を立てていた透が、吹き出して笑う。

「いや、成海は気合い入れすぎると転びそうだから、ほどほどの方がいいんじゃね?」
「あー…………なる、転ばないようにね。怪我したら大変だから」
「陸くんまで!?」

 心配そうな顔で眉を下げて笑う陸に、かなでは慌てて声を上げる。

「今日は絶対に転ばないよ!」

 だってバトンを陸に繋げば、絶対に陸と咲夜がフォローをしてくれる。
 頼り切ってしまって申し訳ないと思う。
 でも二人のことを信じているから。
 かなでが笑ってみせると、リレーメンバー全員に頭をぽんと叩かれる。

「かなでには負けてられないよね」
「本当に。あたしも頑張らないと!」
「ま、転ぶなよ!」
「なる、バトン待ってるからね」
「…………俺が何とかしてやるから、ちゃんと回せよ」

 練習は辛かったけれど、本番になれば、もう腹を括るしかないのだ。

 スタート位置に待機し、うるさく鼓動する心臓の音を聞きながら、かなでは唇を噛んだ。
 スタートの合図と共に各クラスの一番手が一斉に走り出す。
 先頭争いをしているのは、サッカー部のエースである透と、陸上部の短距離で表彰をされていた男子だった。
 二人とそれに続く後ろの選手は少し差が開いている。

 接戦のまま、二番手の雪子にバトンが渡った。
 男女六人の順番はクラスによって違うので、男子と女子が一緒に走ることもある。
 雪子とほとんど同時にバトンが渡った相手は男子生徒だったため、さすがに少し離されてしまった。
 それでも必死に走った雪子は、二位をキープしたまま菜穂にバトンを繋いだ。
 少しずつ後続が追いついてきて、菜穂は二人に抜かれてしまう。

 苦しそうな顔の菜穂からバトンをしっかりと受け取り、かなでは走り出す。
 バトンは落とさなかった。あとは転ばずに走って、陸に繋げる。
 各クラスの代表が集まっているだけあって、選手は速い人ばかりだ。
 かなでが必死に足を動かしても、どんどん抜かれていってしまう。
 喉も胸も痛くなり、足はもつれそう。それでもかなでは、転ばずに走り切った。

「陸くん…………っ!」

 叫びながら陸にオレンジのバトンを手渡す。
 気のせいだろうか。陸は、やわらかく笑っていた気がした。
 バトンを受け取ってすぐにスピードを上げ、一人、また一人と抜いていく。
 かなでは後ろから二番目まで順位を落としてしまっていたのに、あっという間に上位に食い込んだ。
 前に三人が走っている状態で、アンカーの咲夜にバトンが渡る。

「頑張れー! 咲夜ー!」

 まだ呼吸は整っていないけれど、かなでも必死で応援の声を上げる。
 陸のことをすごく速いと思っていたけれど、咲夜はそれ以上だった。
 アンカーに陸上部を選んでいるクラスが多いなか、野球部の咲夜が、陸上部を抜いていく。
 一人、二人、と抜いて、最後の一人を射程圏内に捉えた。
 ずっと先頭を走っていた男子に咲夜の身体が並び、そして。

 大歓声が上がった。
 ゴールテープを切ったのは、三人抜きをして一位を勝ち取った咲夜だ。
 クラスのリレーメンバーが咲夜の元に駆け寄るなか、かなでは恥ずかしいことに動けなかった。
 集まったメンバーの中にかなでがいないことに気づいたのだろう。へたり込んだまま動かないかなでの元に、咲夜が心配してやって来てくれる。

「どうした? 大丈夫か?」
「あ、はは………。咲夜かっこよかったねぇ。なんか気が抜けたら立てなくなっちゃった…………」
「体力ねえなぁ、かなでは」

 そう言ってかなでを当たり前のように背負おうとするので、驚いて身を引いてしまう。

「や、無理でしょ! 重いよ、私!?」
「大丈夫だって。それにいつまでも座り込んでたら邪魔だろ」
「それはそうかも……」

 午前の競技は全て終わったが、グラウンドの真ん中でいつまでもへたり込んでいるのは恥ずかしい。
 おんぶをされることにも恥じらいはあるが、相手は幼馴染の咲夜だ。他の人よりはずっと頼りやすい。

「……じゃあお願いします」
「ん。ほら、自分で乗れよ」

 背中を向けて屈む咲夜に、おずおずと身を任せる。
 持ち上がらないのではないか、と心配していたが、咲夜はすんなりかなでを背負って歩き出した。