嘘つきわんこは愛が重い


 夏休みが明けると、ほとんどの生徒は部活を引退し、学校経由で就職先を決め始めた。
 名のある私立高校で、OBも多いため、就職活動にはかなり有利らしい。
 クラスメイトたちの進路が続々と決まる中、かなでは相変わらず受験勉強に苦戦していた。
 それでも最新の模試では、第一志望がB判定まで上がり、ギリギリ合格圏内といったところだろうか。

 夏休み中と違うところは、授業があるおかげで、陸と会えることだ。
 しかも部活動を引退して、前よりも一緒にいられる時間が長くなっている。
 陸はプロ志望なので、引退しても練習は続けているが、自主練習の範囲なので、時間に融通が効くのだ。

 そして部活を引退したことにより、陸の元にスマートフォンが返された。
 あまりしつこいと嫌われてしまうかもしれないので、どうしても元気が欲しいときだけ、メッセージを送る。
 勉強が思うように進まなかったり、受験への不安で心が折れそうなときだ。
 陸は返事が早い方ではなかったが、それでも必ず返信をくれた。
 他の人から見たら、とても些細なことかもしれない。
 でもかなでは、陸のおかげで勉強を頑張ることができているのだった。

 勉強もそこそこ好調。受験まで一直線に頑張りたいかなでに、大嫌いな行事が待ち構えていた。
 十月の上旬に開催される、体育祭だ。

 陸と同じく部活を引退した咲夜が、体育祭の実行委員として指揮をとる。
 就職希望のクラスは、スポーツ推薦入学者が多いため、体育祭へのモチベーションもかなり高い。
 全員参加の競技もあるが、個人競技が多い。
 スポーツ推薦で入学しているような生徒は、総じて運動神経がいいので、出場競技の取り合いになっている。

 運動が苦手なかなでには、とてもありがたい話である。
 できれば全員強制参加の競技だけで済ませたい。

「じゃあラスト。クラス対抗リレー、男女各三人。出たいやつー」

 咲夜が教室に呼びかけると、男子の手がたくさん挙がる。
 その中に蓮の手がなかったので、かなでは蓮の肩をちょこんとつつく。

「ん? かなちゃんどうしたの?」
「うーん。蓮くんはリレー、出ないのかなって」
「さすがにリレーはねぇ……」

 蓮が苦笑して、手を挙げているクラスメイトたちを見やる。
 よく見れば、各部活のエース級ばかりが出たいと名乗り出ているのだ。
 蓮はかなりスポーツができるタイプだが、さすがにこのメンバーを見れば尻込みするのも分かる気がした。

 男子は立候補者多数のため、百メートル走のタイムが速い順に選出された。
 そして女子のリレー選手を三人、という段階になり、かなでは違和感に気がついた。

 先ほどまではどの競技でもたくさん立候補があったのに、クラス対抗リレーだけはなぜか、女子の手が挙がらない。
 一番近くに座っていたスポーツが得意な菜穂に、かなでは思わず声をかける。

「菜穂ちゃん! なんで急にみんな静かになっちゃったの?」
「いやー。クラス対抗リレーって、男子も一緒じゃん?」
「うん。それがどうかしたの?」
「どんなに頑張っても女子は男子に敵わないからさ」

 ガチなクラスほど男子に責められるらしいよ、と聞いて、かなでは青くなる。
 それは運動が得意な女子でも、確かにためらってしまうかもしれない。
 せっかくの学校行事なんだから、平和に楽しめたらいいのに。
 かなではそう思うけれど、勝敗にこだわる人がいるのも当然のことだ。

 女子の立候補がなかったため、じゃんけんで決めることになった。
 クラスの女子全員参加のじゃんけん大会。
 かなでや、運動の苦手な女子だけでなく、運動神経抜群の子も、かなり必死そうに見える。
 みんな相当リレーに出たくないらしい。
 だからといって、こればかりはかなでも譲れない。
 壮絶なじゃんけん大会の結果は。

「ま、待って…………! 本当に無理だよ! 負けちゃうよ!」

 じゃんけんに負けたかなでは、リレーの選手になってしまった。
 しかも運の悪いことに、かなで以外の女子二人はスポーツ推薦組だ。
 足が遅いのはかなでだけ。公開処刑にもほどがある。

 半泣きで無理だと訴えるけれど、じゃんけんの結果が覆るはずもない。
 諦めろかなで、と頭をぽんと叩かれて、かなでは咲夜を睨みつける。

「ねぎちゃんは足が速いからそんな簡単に言えるんだよ!」
「まあ速いけど」
「む、むかつくー!!」

 かなでがごねていると、体育祭実行委員の咲夜が困ってしまう。
 そのことはかなでにも分かっているけれど、泣いてしまいたいくらいには嫌だ。
 説得が面倒になったらしい咲夜は、最終手段の陸を引っ張り出す。

「まあまあ。なる、一緒に頑張ろうよ。俺と咲夜がフォローするからさ」
「うーーー。本当に遅いよ? 怒らない?」
「怒るわけないじゃん」

 大丈夫だよ、という陸の言葉を信じて、かなではほとんど泣きかけの状態で頷いた。