まもなく試合が始まる。
 騒がしいスタンドに、成海さん! とよく通る声が響いた。
 かなでは反射的に振り向いたが、これだけの大人数が集まるところだ。なるみ、という苗字や名前の人なんて、大勢いるはずだ。
 自意識過剰だったかな、と再び前を向くかなでの肩を、誰かがとんと叩いた。

「成海さんだよね?」
「え…………? えっと……?」
「咲夜の幼馴染の!」
「あ、は、はい……!」

 咲夜の幼馴染の成海さんならば、かなでで間違いないだろう。
 慌てて身体の向きを変えて向き直ると、先ほどスタンドで目があった部員だと気がついた。

「あ…………さっきの」
「さっきはすみません。本当に成海さんか自信なくて、隣のやつに確認したんすよ」

 その言葉の意味が分からなくて、かなでは首を傾げる。
 隣にいる蓮が、「九条咲夜の友達の成海さんってこと?」と助け船を出してくれる。
 部員の男の子が頷いたのを見て、かなではようやく納得した。

 かなでは幼馴染のくせに応援にも来ない、と咲夜がぼやいていたのかもしれない。
 今まで一度も応援に来たことがなかったので、そう言われてしまってもおかしくない。
 それならば、咲夜の愚痴を聞いていた部員が、たまたまかなでを見つけ、驚いたことも納得できる。

 しかし、どうしてわざわざかなでの元へやって来たのか、それだけが分からない。
 困った表情でわたわたと慌てるかなでに、その男子は帽子を差し出した。
 見覚えのあるキャップ。
 かなでの記憶が正しければ、咲夜のものだ。

「え、なんですか、これ」
「昨日の夜、あいつ拗ねてたからさっき伝えてきたんすよ。成海さん来てるよ、って。そしたらこれ、渡してくれって言われました」
「なんで帽子なんだろう?」
「陸も熱中症に気をつけてねって言ってたから、たぶん暑さ対策っすね」

 スタンド暑いんで、気をつけてくださいね!
 かなでに注意を促し、部員は早足で元の席へと戻っていった。
 嵐みたいだったな、とかなでがぼんやりしていると、選手の入場です、というアナウンスが流れた。

 東星学園野球部のベンチメンバーが紹介され、次々に入場してくる。
 そして相手高校のメンバーも同じように入場すると、応援席の歓声がひときわ大きくなった。

 咲夜から野球部員づてに渡されたキャップを胸に抱きしめながら、かなではグラウンドに整列している陸と咲夜を見守った。
 ドキドキと心臓がうるさく鳴り響く。

 多くの観客が見守る、真夏の甲子園決勝戦。
 戦いの火蓋が切られた。