陸がプロ野球選手になったとしたら。
 そのことについて考え始めたのは、高校生になってすぐのことだった。
 ずっとそばで応援し続けたい。
 陸がくれる優しい言葉をお守りに、生きていきたい。

 でも陸がプロになるならば、今までのようにはいられない。
 かなでは普通の大学生になり、どこかの企業に就職するはずだ。その未来に、陸はいない。
 だから、かなでも陸に頼らず、ひとりで立って歩いていかないといけないのだ。

 今は想像もできないけれど、いつか遠い未来、かなでも他の誰かと恋をする日が来るかもしれない。
 そうして陸への恋心を思い出にできたとき、本人に笑って話せたらいいな、と思うのだ。

 私ね、あの頃陸くんのことを推しだって言ってたけどね、本当はずっと、恋だったんだよ。

 かなでの嘘を、陸は許してくれるだろうか。
 もし許してくれたなら、今度こそ本当に、偽りなしで友達になれるかもしれない。
 そんな淡い期待を抱いているのだ。

 ぼんやり考え事をしていたかなでに、咲夜が再び呼びかける。

「陸は、ほぼ確実に、プロになる。そしたら物理的に距離をおかなくても、ほとんど会えなくなるだろ」

 わざわざかなでが遠い地に引っ越さなくてもいい。咲夜はそう言ってくれているのだ。
 かなでは解いた問題の答え合わせをしながら、そうだねぇ、と笑った。
 そして自分に都合の悪い今の話題から逃げるため、話を変えることにした。

「私のことより、ねぎちゃんは? 就職先どうするの?」
「俺は……まだ決めてない」
「ねぎちゃんも野球好きでしょ。プロにはならないの?」
「あのなぁ、プロなんてそんな簡単になれるものじゃないから」

 陸が特別なんだよ、と呟いたその声には、悔しさが見え隠れしている。
 咲夜は小学生の頃に少年野球を始め、高校三年の今に至るまでずっと続けてきている。
 陸曰く、咲夜は相当うまいよ、とのことなので、てっきり高校を卒業した後も野球を続けるものだと思っていた。

「じゃあ野球、やめちゃうの?」

 せっかく頑張ってきたのに、とかなでが言葉を続けると、咲夜は大袈裟に肩をすくめてみせた。

「まあ今年の夏の結果にもよるけど、たぶん続ける」
「そうなんだ、よかった……!」
「大学から声がかかったり、社会人野球のチームに入れたらかなりラッキーだな」

 大学から野球を続けることを条件に推薦をもらえることもあるらしい。
 社会人野球については全く知らない話だった。
 咲夜の話によると、本気で勝ちを狙っているチームは採用人数も少ないので、かなり狭き門らしい。
 しかし企業チームからプロ入りを果たした選手もいるそうで、本格的に野球に取り組んでいることが窺える。

「今年の夏の結果次第なの?」
「……俺はな。去年も出てたけど、陸ほど実績は残せてないから」

 でも陸は去年の成績だけでほぼ確実だと思う。
 咲夜の言葉に、かなでは昨年の夏を思い出す。
 甲子園で準優勝という結果を残した後、陸は一躍有名になった。
 学校内はもちろん、外部のファンもかなり増え、野球部の練習の見物人の数が大変なことになっていたのだ。
 あれから約一年。最近では陸の追っかけの勢いも少し落ち着いているが、大会が始まればまた昨年のような賑やかさになるのだろう。

「ねぎちゃんも、いいところに決まるといいね」

 陸のように派手にもてやされなくてもいい。
 咲夜の努力と実力を認めてくれるところが現れればいい。
 かなでは心からそう願うのだった。