文化祭が終わると、あっという間にテスト期間がやってきた。
 就職を希望している生徒たちが集まる中、必死で勉強をしているのはかなでくらいのものだ。

 テスト期間でなかったとしても、高校三年生。
 陸と同じクラスになりたいがために、進路希望調査には就職希望と記入したが、かなでは大学に進学するつもりでいる。
 つまり、受験生なのだ。

 数学の応用問題が何度やってもできなくて、頭を抱える昼休み。
 ずこー、と間の抜けた音を立てながら紙パックのジュースを飲んでいた咲夜が、ふいに口を開いた。

「かなでって、志望校どこなの? そんなに頭いいところ狙ってんの?」
「言ってもねぎちゃん分かんないでしょ」
「分かんねーけど。調べれば出てくるだろ」
「じゃあ京都、国立で検索して一番に出てくるところ」
「は!? おまえ京都に行くの!?」

 突然大声を上げた咲夜に驚いて、かなでは顔を上げた。

「受かればだよ。国立だし、難しいところだから、落ちたら私立に行くしかないし」

 私立ってどこだよ、と咲夜が再び質問してくるので、かなではため息をついて一枚のルーズリーフを取り出した。
 かなでが受験する予定の大学名をボールペンで殴り書きし、一、二、三、と隣に数字も書き足す。
 これは志望順位ね、と一言添えて咲夜に渡すと、眉をひそめてスマートフォンを取り出した。

 ようやく静かになったので、再び数学の問題に戻る。
 何度も自分の回答を見返して、ようやくミスの原因に辿り着いた。
 かなでは勉強するとき、必ずボールペンを使う。
 シャープペンシルだと間違えたときにすぐ消せるが、何をどう間違えたのか、形に残しておきたいのだ。
 間違えた部分を蛍光ペンでチェックし、もう一度解き直す。
 こうすると後で見返したときに、自分がどういうミスをしやすいか、傾向が読み取れるのだ。

「…………全部東京じゃねえじゃん」

 再び咲夜が口を開き、想像していた通りの言葉を口にした。
 かなでの志望校は、国立、私立含め、全て実家から通えない場所にある。
 もともと東京に住んでいるので、都内、もしくは関東圏ならば実家から通うこともできるだろう。
 でもかなでは、東京から離れると決めていた。

「一人暮らし、してみたいし?」
「陸が遠かったらどうするんだよ」

 高校を卒業したら、プロになりたいと陸は言っていた。
 実際にプロ入りできるのか、そしてどこの球団になるのかは、もちろんまだ分からない。
 でも無知なりに調べたところ、プロの球団は十二球団あるらしい。
 そして、そのうち五球団は関東が本拠地なのだ。
 約半数が関東ならば、陸が関東圏内にとどまる可能性もかなり高いはずだ。
 
「…………私は、陸くん離れしなきゃダメだから」

 小さな声で呟くと、咲夜は何も言わずにかなでの額を指で弾いた。
 いつもなら手加減をしてくれるのに、かなり強い力だった。
 痛い! と悲鳴を上げるかなでに、咲夜はバーカ、と笑った。どこか寂しそうな笑顔だった。