どれくらいそうしていただろうか。
 制服越しに陸の体温が伝わってきて、少し暑い。
 かなでの肩に顔を埋めたまま、陸が何かを呟いた。
 くぐもって声が聞き取れなかったので、かなでが聞き返すと、陸はそっと顔を上げた。

 息がかかってしまいそうなほど顔の距離が近くて、かなでは静かに息を飲んだ。
 キスをしようと思えばできてしまいそうだ。
 もちろん、そんなことはしないけれど。

「…………なるには敵わないな」
「えっ?」

 陸の額が、こつん、とかなでの額にぶつかる。
 思わず息を止めたかなでに気づき、陸は笑いながら距離をとる。

「振られてからさ、自分が否定されたみたいな気持ちになったんだ」
「萌さんは陸くんの気持ちに応えられなかったかもしれないけど、陸くんを否定したかったわけじゃないと思うよ……!」
「うん。萌はそんなことしない。分かってる」

 あんなにも優しい声で陸の名前を呼ぶ人が、陸のことを否定するはずがない。
 そのことは、陸も分かっているのだ。
 頭では分かっていても、心が追いつかないこともある。
 陸もきっとそうだったのだろう。

「萌は悪くない。でも、本当にしんどかったんだよ」
「陸くん…………」
「でもさ、この世の終わりみたいな気持ちで次の日学校に行ったら、いつもみたいになるが言うんだ」

 陸くん大好き、って。
 やわらかい声で語る陸に、かなでは首を傾げる。
 萌の話をしていたはずなのに、突然出てきた自分の名前。
 目をまたたかせて困惑するかなでに、陸は笑いかける。

「なるがすごいって話だよ」
「ええ? 私?」
「うん。なるのその底抜けの明るさと、俺を好きだって言ってくれる優しさに、俺は救われてるんだよ」

 どくん、と大きく心臓が鳴った。
 中学生のあの頃。人目がこわくて息もできなかったかなでを、陸が救ってくれたように。
 かなでも陸のことを救えているのだ、と。

 その言葉がどれだけかなでの心を救っているか、陸は知らない。
 救われているのはいつだって、かなでの方なのに。

 陸はそんなかなでの心情など知らぬまま、言葉を続ける。

「なるはさ、俺が何をしてもかっこいいって言うじゃん」
「うん。陸くんは、どんなときでもかっこいいよ」
「かっこ悪いところも、情けないところも受け入れて、大好きって言ってくれる」

 なるのおかげで元気でいられるんだよね、と泣き出してしまいそうなほど嬉しい言葉が紡がれる。
 陸は眉を下げて笑い、かなでをまっすぐ見つめる。
 それから、先ほどまでの会話で気持ちが浮かれていたかなでを、奈落の底へ突き落とすような言葉を、陸は口にした。

「だからさ、なる。なるさえよければ、高校を卒業した後もずっと、俺の友達でいてよ」

 ずっと友達でいてよ。
 何気ない一言。でもきっと、その言葉には陸の本心が詰まっている。

 今までも、これから先も、ずっと。
 かなでが陸の恋愛対象になることは、永遠にない。
 叶わない恋だと知っていた。
 覚悟していたはずだった。
 それなのに、胸の奥がずきんずきんと悲鳴を上げている。
 泣き出してしまいたい。
 でも泣いてしまったら、陸が気づいてしまうかもしれないから。

 かなでは笑顔を作って、今日も嘘をつく。

「当たり前じゃん! ずっと友達だよ! 陸くんは今日も明日も、高校を卒業したってずーっと私の推しなんだから!」

 痛々しいくらいに明るいかなでの声が、ずるくて悲しい嘘を紡いだ。
 どうかこの嘘を隠し通せますように。
 そう願いながら、かなでは必死に涙を押し隠した。